66話
ウォレス城内にある一室。各将軍に宛がわれた執務室の一つでライアットは書類の束に目を通していた。
「……ふむ」
本来であれば一軍を率いる将である身でありながら、個人として康一と同行しているライアット。その間、直属の部下であり自身の片腕として信頼している者に部隊を任せていた。
「大きな問題もなく任務も支障がない。やはりお前に任せて正解だったな。よくやってくれたロウエン」
「はっ!しかし自分ではライアット将軍のように纏められているとは到底言えず力不足を痛感しております」
ロウエンと呼ばれた男は姿勢を正したままハキハキと返す。これだけでも男が生真面目な男ということが分かる。
「なに。別に俺と同じようにしなくてもいい。部隊の者は皆気心知れている者達だ。お前はお前にあったやり方で率いればいい。そうすれば皆は付いてくる」
「ライアット将軍っ…!」
敬愛するライアットからの言葉に感銘を受ける。
「それに今はお前も将軍だ。もっと威厳を持ったらどうだ」
「そうだね。上に立つ者としてもう少し堂々とした佇まいを身につけたほうがいいかな」
ロウエンの後ろからライアットの進言に賛成の言葉を被せて来た男。
「っ!?マ、マルス将軍!?」
ウォレスにいる将軍の中で軍を率いれば敗けは無し。その指揮は鮮やかながらも苛烈。個としての実力はライアットに軍配が上がるが将としての実力ではウォレス随一の勇将マルスが立っていた。
「来ていたのか」
「ついさっきね。有望な同僚にアドバイスをする声が聴こえてたからつい口を入れたくなってね。偉そうに言いたくなるのは年を取ってきたせいかな?」
軽く自虐的に言うがその風貌はまだ若々しく、とても年頃の一人娘がいるような人物には見えない。実際まだ二十半ばのロウエンと並んで見ても同年代に見られても何らおかしくはない。
「言う相手は選べよ?それで、一体何の用だ?」
「なに、普段結構顔を会わせていた友人が久しぶりに帰って来た所に鉢合えたんだ。労いの言葉の一つでも掛けに来るのは当然だろう?」
成る程。確かにここ最近は直に顔を会わせる機会は無かったな、と思いながらも目の前の男が純粋にそんな理由だけで訪れる程暇な人物ではないことも知っている。
「そうか。ならこの後は時間はあるか?帰ってきたばかりで些か腹が減ってな」
分かりやすく提案を出すライアット。後はマルスがどのような返答をするかで大まかな検討をつけられる。
「それは丁度良かった。実は今日は妻が新作の料理を試していてね、私一人では全部食べきれるか心配なんだ。味は保証するから良ければ来てみるかい?」
どうやら込み入った話しを求めているらしい。わざわざ身内の料理をご馳走するという理由を付けて自分を呼び込もうとしていることから確かだろう。
「ほう、セーラの手料理か。それは確かに美味なのだろうな。ならその好意に甘えるとしよう。ではなロウエン。焦らず励めよ」
ロウエンに激励を送り、マルスと共に部屋を後にする。城の離れにあるマルスの屋敷に向かう道中辺りを気にしながら言葉を紡ぐ。
「それで本当の用件は?」
「まだ着いてもないのに本題かい?」
「わざわざ俺を招待したんだ。それなりの理由があるのだろう?」
「そうだね。別段重要な案件という事でもないんだが。一言でいうならあまり人が居る時に聞きづらいからかな」
普段言葉に詰まる男ではないのだが、なぜか今日は歯切れが悪い。重要な案件ではないのにわざわざ他者が入らない場所でしたい話しとは。
「……康一の事か?」
ライアットの答えにマルスは苦笑で返す。どうやら正解らしい。
「城の者達はここ最近の君達の活躍で康一君の評価が右肩上がりだ」
確かに康一が召喚された当初はその実力に疑問を持つ者も多かった。しかしここ最近の活躍もあり評価は上がり非常に好意的に受け入れられている。
だがそれならばわざわざ人を避ける意味が分からない。その事を考えているとそれを察したマルスは言葉を続ける。
「本当は着いてから腰を据えて話したいんだけどね。ライアット、康一君は勇者の責務を全う出来る人物足り得るかどうか。君の率直な意見を聞きたい」
自国を救うために呼ばれた少年の資質を疑うマルスの言葉にライアットは足を止めて固まった。
「どうしてそんな事を聞く?」
「康一君はローランド王国の真の意味で希望になりつつある。もしその希望が途中で折れるような事になれば今度こそ国は失意に沈み魔物に呑まれることになるだろう。そんな事態は何がなんでも防がなければならない」
今や康一の存在はウォレス周辺のみならずローランド王国の至るところで人々が希望を寄せる象徴になりつつある。
そこまで聞いてライアットはマルスの意図を理解する。マルスは康一の資質をただ知りたいのではない。康一という存在を守るためにどのような手段を取るべきかの判断材料として知りたいのだ。
「もし、資質が無いと言えば……?」
「パーティーは解散。各地の兵士を召集し討伐軍を新たに編成して康一君をそこに組み込む」
「待てそれは!?」
「そうだね本末転倒だと言えるだろう。各地に蔓延る魔物の脅威の警戒に当たらせるために派遣した兵士を召集するという事は、兵が去った地域は再び危険に晒されるという事だ」
ライアット達四人でパーティーを組ませたのは身軽に動けるからだ。各地に配置した兵士を減らす事なく少数精鋭の遊撃隊としての運用を第一として考えられていた。それこそが最善だと皆で決めた決断に逆らう提案をマルスは出したのだ。
「そんな事をリオン様や他の将が承認するとは思えん…!」
「難しいだろうね。だけど通してみせるよ。そのためなら私は私の全てを投げ打とう」
「……どうしてそこまで?」
ライアットとマルスの付き合いは長い。故に互いの性格は把握しているつもりだ。だからこそその言葉が真剣であると分かる。だが、何故そこまでするのかが分からない。
「――十年。エルバート様とアリシア様を失ってからもう十年にもなる」
眼を閉じて深く呼吸をするマルス。一度、二度と呼吸を繰り返してから眼を開けた。
「その間国は苦境に立たされていた。日に日に強くなる魔物の脅威。人々の気持ちは失意に沈み、明日への希望を持てなくなった」
知っている。だからこそ自分達は奮起したのだ。しかし出来たのは現状の好転ではなく維持、それもだんだんと不利になっていく様子に自分の力不足を何度嘆いたか。
「そんな中、康一君の存在は落ち込んだ皆に希望を見せてくれた。希望は今をそして明日を生きる活力に変わり、人々を前に歩かせる大きな力になる」
自分達の力だけでは現状を打破出来ない悔しさを噛み締めながら、藁にもすがる思いで行った勇者召喚。最初こそ康一に期待を持てなかったが本人の努力によって成し遂げた結果は記憶に新しい。そしてその事実が人々の心に明かりを点けたのは確かだ。
「康一君自身に実力があるならばそれでいい。しかし一抹でも不安が残るならば、一部の民を危険に晒してでも私は希望の灯を守る選択を取る」
十年越しにようやく人々の心に灯った希望を失うぐらいならば少数の民の安寧すら切り捨てる。そしてその選択を己の全てを賭けて実行させる覚悟がマルスには合った。
「わかってくれるかい?それだけ康一君の存在は大きいんだ。だからこそ改めて問おう。ライアット、彼の勇者としての資質の有無を」
マルスの問いにライアットは直ぐに言葉を返せない。マルスの言葉は正しい。今や康一の存在は魔族に対する戦力だけではなく、人々の心の拠り所になりつつある。大局的に見れば康一の存在を第一にするのは正しい判断だ。だが―――
(そこには康一の意思が一つもないではないか……!)
康一を召喚したのも、彼に魔族討伐の任を押し付けたのも全ては自分達の勝手であり康一の意思はない。そんな中でも康一は自分の言葉で戦うと言ってくれたのだ。その言葉にどれだけ心が救われたか。だからこそライアットは康一を支えたいと思ったのだ。
「康一は頑張っている。今は確かに俺やシータ、リフルの援護が大きいモノだと言うことは理解している。しかし確実に力を付けているんだ」
口から出るは資質の有無ではなく、康一の努力。ライアットも頭ではマルスの提案が正しい事だと分かっている。しかしそれでも譲りたくない一線がある。だからこそ告げるは可能性、今は足りなくてもいずれ勇者足りうる実力を付けると。
「頑張っているのは彼だけではないだろう?城の兵士もギルドの冒険者も教会の僧侶も日々の生活を支えてくれる民達も、未だ蔓延る魔物の脅威に怯えながらも明日を生きる為に今を頑張って生きている」
今の世はただ生きられる程優しくはない。この瞬間にも魔物に襲われる者もいるし、それを退治せんと戦っている者もいる。皆が自分に出来る事を頑張って今日を生きて明日を迎えるのだ。
「それは分かっている……っ!分かっているんだ…!」
だけどそれでは康一があまりにも可哀想だ。折角本人が望んでくれたその気持ちは尊重したい守りたい、ライアットにあるのはその一心だけだ。
だがマルスの言葉も分かるゆえにその提案を強くはね除ける事も出来なかった。
「――君にそう思われる程に良い少年なんだね」
不意に優しい言葉がマルスから零れる。真面目が鎧を着ているような男が、ここまで自分の感情を出すところを見るのは片手の指で数えるほどだった。
そんな男が拳を握り締めて震えている。そんなになってしまう程のナニかが康一にはあったのだろう。
「すまない、本当はこんな感情的に話しをするつもりはなかったんだ」
互いに国の為に仕える者同士だから話しを聞いて分かってくれると思っていた。しかしライアットはそれと同じ位に康一の意思も大事だと思った。
報告でしか康一の事を知っていないマルスと、共に行動し、言葉を交わしあって康一の人となりを知っていったライアットではどうしたって思いの認識に差異が生まれる。
「将軍としてそれなりにやってきた気がしたがとんだ傲慢だった。直に言葉を交わした機会は少ないが、上がってきた報告や噂を聴いただけでその人物を知った気になっていただなんて思い上がりも甚だしい」
苦虫を噛み潰したような顔でマルスは顔を逸らした。それを見たライアットの荒れていた心は落ち着きを取り戻した。
「マルス、お前の考えは間違っていない。だから少しだけ時間をくれ。康一は確かに今は勇者としての資質は足りないかもしれない。だが――」
そこで言葉を区切り一息置く。マルスは続く言葉がライアットの出した答えなのだろうと感じとり顔を向き合わせ続きを待った。
「アイツは必ず勇者に相応しい者になる。そしてそれまでは絶対に支えぬいてみせる」
康一には意志がある。与えられた状況にただ流されるのではなく、自らの足で進まんとする意志が。たとえそれが自分達の都合で作られた道であってもだ。
だから自分は康一の安全を、その意志を守ると。それが延いては国を救う事に繋がるのだと。
「これでは足りないか?」
「――いや。むしろ充分過ぎるほどだ」
ローランド王国随一の騎士が絶対とまで言ったのだ。これ程頼もしいものは他にはない。
「だから改めて謝らせてほしい。康一君を疑うような問いをしたことを」
頭を下げるマルスをライアットは手で制す。
「言っただろう、お前の考えは間違っていないと」
「しかし……」
「将として国を思うが為の行動と理解した。己の職務を果たしたお前に頭を下げさせる訳にはいかんよ」
お前は将軍として正しい事をしたのだから謝罪は要らないと。そう言われてはマルスはもう諦めるしかない。
「敵わないな」
「敵う必要もないだろう。俺達は仲間なのだから」
当たり前の事だと言い切るライアットに、マルスは違いないと笑って返した。
「それじゃあ今度こそ屋敷に向かうとしよう。セーラをこれ以上待たせるのも悪いからね」
そして二人は歩き出した。本来の目的は解決してしまったが、そのおかげで楽しい食事になりそうだと、マルスの足取りは軽かった。




