65話
ローランド王国ウォレス。昨今の魔物の脅威により人々は不安に駆られる日々を過ごしていた。
しかしそんなウォレスにも希望の報せが入る。
昨日この地に召喚された勇者の活躍だ。
人々の希望となるべく召喚された勇者は始めこそその重責に足る人物なのかと疑われたが、先日の魔族の討伐を皮切りに毎日のようにその活躍がもたらされ、今では誰もその存在を訝る者はいなくなっていた。
「なぁ聞いたか!?勇者様今度も魔物を討伐したらしいぞ!」
「この前はあそこの村だったのに今回は反対の方まで行ったんだろう?まさに縦横無尽の活躍だな!」
「すごいよなぁ。毎回報告に戻ってきては直ぐに出立するんだもんな。頼もしいけどあまり無理もしてほしくもないよな」
「大丈夫よ。ライアット様も付いておられるんだから!」
「今回も報告が終わったら直ぐに行くのかな?この頃は出発するのをお目にかかるれのも稀なんだよなぁ。俺もたまには見てみたいよ」
そのおかげもあってか、ウォレスの城下町では人々は顔を合わせれば勇者一向の話題で持ちきりだった。
そして噂の当人である康一達はウォレス城の王の間にいた。
「―――以上が今回の報告になります」
「うむ。ご苦労だった。してこの後はどうする?流石に今日ぐらいは休んでいくだろう?」
そう言うのは国王リオンの最側近のマリナス。歴代の国王に仕えてきた重鎮は、老紳士と呼ばれる年齢ながら凛とした佇まいをしていて今なお現役であることが分かる。
「ええ。今回はお言葉に甘えて確りと休養をしていきたいと思います」
返したのは一向の纏め役であるライアット。世にも珍しい人間とエルフの子供であるハーフエルフであり、ローランド王国一と称される猛者でもある。
「戻ってきては出発、戻ってきては出発の繰り返しだものね。ウォレスに戻っても報告と補給ぐらいしかしてないないし」
「ええ。向かう先では常に気を張っていましたから、今回はゆっくりと休めるいい機会ですね」
それに続くはウォレスの仕える将軍、サウスの一人娘シータ。見た目は小さい少女ながらもその身に宿す魔導の才は国の中でも上位に当たる。
そして朗らかに微笑む教会から遣わされたシスターのリフル。献身的で真面目な性格であり、そして自身の能力の高さを認められて勇者のパーティーへと遣わされた。
「という事で今回は確りと身体を休めるんだ。いいな?康一」
ライアットに念を押された一見気の弱そうな康一と呼ばれた少年。この少年こそが異世界から召喚され勇者となった人物である。神の加護により見た目からは損像もつかないほどの戦闘力を有し、着々と魔物を倒して実力を身に付けている。
「わかってますよ。今日は休養して、英気を養う。ですよね」
「本当に分かってるでしょうね?いくら気力が満ちていても身体の方も万全、て訳にはいかないのよ。特に今回みたいのが続いたときには疲れに気付きにくくなるんだから」
「はい…。十分に理解してます…」
こうも念を押されるのには理由があった。
強行とも言われるほど毎日のように討伐に出ているのは、康一の希望たっての事だ。
本来の真面目な性格による勇者としての使命感と、生前十全に身体を動かせなかった反動が合わさって、じっとしている時間が惜しいと皆を説き伏せていたのだ。
通常では無謀とも思われるモノが達成出来たのは偏にライアット達個人個人の力量のおかげではあるが、それでもずっとこのような事が続けられる訳もなく。今回は三人が康一を説得する形で休養となった。
「ははは。でも確かに康一殿の使命を果たしたいというお気持ちは大変嬉しいですが、それもご自身の健在があってのもの。そしてその姿が皆の活力にも繋がります。ですからどうか今回はご自愛くださいますよう御願いいたします」
やんわりとした語り口で康一の気持ちを汲みつつ自身の重要さを理解させるマリナス。この辺りは長く生きてきた年の功といえる。
「そう、ですね。なんか僕勝手に気持ちが先走っちゃってて、他の事に目をむけれてませんでした」
「気にしなくていい。お前が出来ない所は俺達が補う。それが俺達の役目の一つだ」
だからもっと頼りにしてくれとライアットは続ける。康一の真面目な性格は好ましいのだが、どうも一人で抱え込む癖が見られる。康一の力を借りている立場だが、全てを押し付けるような形は望んでいないというのはライアットだけではなくウォレスにいる者達の総意だ。
それを少しでも分かってほしくてライアットは言葉に出した。
「ありがとうございます。えと、善処します」
皆の気持ちは嬉しいのだが、生前沢山の人に支えられてきた康一からすれば今回は形は違うがその恩に応える機会だと思っている。だから意識無意識に関わらず頼るという事にどうしても苦手意識が残ってしまう。それを理解しているから善処という曖昧な返答になってしまった。
だがそれでも努力をするという方向に向かっていくようになったのは確かな成長といえた。
「本当に頼りにするんだぞ、康一」
釘を刺すように言うは十年前の魔物との戦いで亡くなった前国王夫婦の一人息子のリオン。国王に即位したのは僅か五歳の時、そこから十年の間周りの皆に支えられてきた事から立場は違うが康一との妙な親近感を感じている。
しかし康一と違うのが、自身の役目を果たすためには人に頼ることも必要なことだと理解しているところ。
「勇者として呼び出した私が言えた言葉ではないが、一人で出来る事はたかが知れている。その為のライアット達だ、そしてそれを支えるのは私の使命だ」
同じ年頃の初めての友人として友を心配する気持ちを、しかし今は王としての立場として伝える。
「お前が目指してくれる目標は私達の悲願だ。だから協力は惜しまない」
だから頼ってくれと、続く言葉を飲み込んで、だけど伝わってくれと視線に力を込めて訴える。
「うん、わかったよ。――あ、じゃなくて分かりましたっ!」
人の視線に敏感な康一は向けられた視線からリオンの気持ちを察した。そして気持ちを察したからこそ友人としての喜びのせいで砕けた口調で返してしまった。
二人の間柄はここにいる者達はある程度理解しているが、リオンが王として振る舞っているのに一瞬とはいえ康一の気軽な返答はこの時においては相応しくないとライアットとシータは注意をする。
「良いライアット、シータ、私は気にしていないし、今この場には他の者はいないのだ。だからそのくらいにしておけ」
場を収めるようにリオンは言った。その顔は王としての顔だったが、産まれた時から知っているマリナスからしてみれば僅かに上を向いている口角を見逃さなかった。
(他の者が見ていないならご自身もお喜びになればよろしいのに)
しかしこの場にライアット達がいるから口には出さない。そう、今は。肩肘ばかり張っている我が王を和ませる良い話しのタネだ。お楽しみは後でにしておくとしようと頭の片隅に確りと留め置く。
「さて、まだまだお話しを続けたいですが各々の休みを貰う訳にはいきませんな」
本来の目的を忘れてはいけないとマリナス。その言葉を皮切りに康一達は王の間を後にしていく。
「ふぅ」
「お疲れ様でしたリオン様」
「ありがとう。でもその言葉は僕には多分だ。それは康一達にこそもっと掛けてあげるべき言葉だよ」
城にいる自分ではなく戦地に赴いている彼らこそ労うべきだと。
(その思いはお優しいのですが、やはり些か自己肯定が弱いですか…)
人としてその在り方は好ましいものだ。だがリオンはこの国ただ一人の王である。確かに今現在足りない部分は多いが、それでも僅か五歳から十年もの間やってきた自負は持って欲しいと思いは仕える者なら誰しもが持っていた。
しかしそれを言葉にしてもリオン本人が受け取り、気持ちを汲み取って感じてもらわねば意味はなく。今のところそれが出来る予兆はない。
(先程各々の休みを貰う訳にはいかないと言ったばかりですが)
そろそろ手配していたメイドが康一を呼んでくれる頃合いだろう。舌の根が乾かぬうちに前言を撤回するような事をするのは気が引けるが、これも王の為。初めての友人、それも異世界から呼ばれた勇者である彼ならば、王に善き変化をもたらしてくれるのではないかと。
「さて、では少しお茶にでもしますかな?何でも城下で今流行りの菓子があるとか」
手を叩きメイドに指示を出す。用意されるはいつもよりも多い数。疑問に感じるリオンを尻目に出ていったばかりの少年が入ってきた。
――手筈通り。康一には悪いが少しの間、休日の時間を貰うことにしよう。
マリナスの中では、何においてもリオンの存在が一番にあるのだ。




