69話
空は快晴。街を行き交う人々は活気に満ち溢れ今日という一日を過ごしていく。
「大丈夫ですか?」
「は、はいっ。大丈夫、です…」
城門の近く、人目を気にしながら城下町へと歩いていく二人の人影。
眼鏡を掛け、纏めた髪を帽子に入れている理知的な女性と、フードを深く被り口元しか見えないおそらく少年であろう人物。
「そう緊張なさらないで下さい康一さん。その様子だとかえって目立ってしまいます」
「う、分かってはいるんですけどどうも落ち着かなくて」
その正体は康一とリフル。二人は見知った者でなければパッと見ただけでは二人とわからない格好をしていた。
「それでしたら手を出してください」
「?。こう、ですか?」
言われた通りに手を差し出すと繋ぐようにその手を握るリフル。
「ふぇっ!?」
「ふふ、こうして手を繋ぐと安心するんですよ?」
小さい子どもにするような行為に恥ずかしいやら、でも実際に少しは気持ちが落ち着いて助かっているやらでドギマギしている康一。
だが残念ながらフードを深く被っているせいで表情はリフルには見えなかったようで、リフルは康一が黙ったのを素直に落ち着いたと受け取った。
「さぁ行きましょう。私がしっかり街を案内しますから」
手を引き、引率するように街に向けて歩きだすリフルと引かれるままの康一。
何故二人がこうなったのかは、時間を一日前へと遡る。
マリナスから話しがあるとメイドに呼ばれ戻ってきた康一。
マリナスの計らいで他の者達の目を気にせずにローランド王リオンとの会食、正しく言えば友人であるリオンとお菓子を食べてただ喋っていた。
二人は年が近く。十五になるリオンにその一つ下だという康一。
平均より身長は低く。互いに控えめな性格もあり年齢よりも幼く見える二人。
国の頂点たる国王、国の希望たる勇者を担うには余りにも若い二人は、今この時だけは立場の枷を外して楽しんでいた。
「このお菓子スゴい美味しいです!」
「お口に合ったようでなによりです。お代わりはまだありますのでご遠慮なく言ってくだされ」
お菓子を頬張り満喫している康一に対して何か考える素振りをしているリオン。
会話の途中何か気にさわる事を言ったかと康一は焦るがマリナスは問題ないと耳打ちをした。
リオンの事を誰よりも知っているであろうマリナスがそう言うのであればと、康一は気持ちを切り替え食事を堪能した。
マリナスとしては康一が何気なく言った言葉にリオンが何か感じ入るモノが合ったのだろうと考え、心の中で康一に感謝を送る。
「リオン様も。考えごとならば後にでも」
流石にこれ以上は長いかとそっと耳打ちをする。マリナスの言葉にハッとしたリオンは康一に頭を下げ、康一は気にすることではないとこれを許した。
そんな時間がゆったりと流れ、菓子を食べ終えた二人。そろそろお開きになるかという時にふと康一が呟く。
「ウォレスの城下町にはこういうのもあるんですね」
「そういえば康一殿は城下に赴いた事はございませんでしたか」
出立の度に通りはするが巡る事はしなかった。それだけ康一が自身の役目に真面目に取り組んでいる証拠なのだが。
「―――ふむ」
顎に手を当て何か思案するマリナス。思えば出立する以前も康一は毎日毎日戦闘訓練と座学の繰り返しでたまの休日も体を休める為に殆どを費やしていた事を思い出す。
「マリナス」
敬愛する王が視線を向ける。勿論何が言いたいかは解っているし、その意向に沿うように働くつもりだ。今考えているのはその手段。脳内で道筋を立てては修正するを数度こなし形にする。
「―――では康一殿。明日城下を巡ってみてはいかがですかな?」
「………はい?」
戸惑う康一に構うことなくてきぱきと翌日の予定を組み上げていくマリナス。
リオンは側近が自分の意思を汲み取ってくれた事に安堵して止める素振りすらしない。
「いや、えっとそこまで気を使わなくてもっ」
「遠慮なさらず。それで案内役にはリフル殿に頼もうかと」
「そんなっ!急にそんな事を言ったらリフルさんに迷惑ですよ!」
自分の(リオンとマリナスの善意によって急遽作られた)都合に巻き込むのは気が引けると康一は訴える。
「でしたら一声お掛けして承諾していただければリフル殿に、それ以外の場合は私どもの信頼の置ける者をお付けいたしますゆえ」
康一が城下に行くのは最早決定事項らしい。トントン拍子に話しが進み、あっという間に翌日の予定が出来あがる。
「こんなところですかな。何か質問はありますかな?」
「そもそも僕を城下に行かせてくれる理由は?」
自分が溢した言葉とはいえどうしてこんなにもやってくれるのかと問いかける康一。
「康一殿達の活躍によって少しずつ活気が戻ってきております。そこで今回康一殿に街を巡っていただきご自身が成し遂げてきた事の偉大さを実感してもらえればと」
未だ終わりの見えない戦いの中、目に見えての成果など分かるはずもないが、その過程でもたらされたモノはある。
康一が召喚される以前の国の様子を痛い程に理解しているからこそ、今どれだけ民達が明るくなったか分かるのだ。そしてその現実を見てくれれば、康一ももっと自分に自信を持ってくれるのではとマリナスは考えた。
(そしてその姿を見てリオン様も習ってもらえればいいのですが)
今言った台詞は本心だが、その上でリオンにも益があるように抜かりなく考えている。
そんな思いも込められているなど二人は露程も知ることはないが。
「私だけの気持ちではなくリオン様もそう思われてますので、何卒お受けいただけますかな」
急に自分の名を呼ばれた事に驚くリオン。否定しようと口を開こうとするが、康一が驚き感謝するような視線を向けているために声を出すのを躊躇ってしまった。
結果、康一はこの提案をリオンとマリナス両名が考えてくれたものなのだと感激し、この話しを受ける事を決めたのだった。
その後に、マリナスが遣わした使者からの話しを聞いたリフルは二つ返事で引き受けた。
「そのような事でも康一さんの力になれるのならば是非」
迷惑に思うどころか、当てにされた事に嬉しさを感じたリフルだった。
そんなこんなで時を戻して現在。
互いに有名な為、街の人達に気付かれると騒ぎになると折角の休日が台無しになってしまうため、変装をして街を歩いている。
「うわぁ……!!」
最初の時の不安やら気恥ずかしさやらなんか全て吹き飛び、じっくりと見て回る街の光景を楽しんでいる康一。
この世界に来て戦い漬けの日々を送っていた康一にとってただ街を見て回る事がどれだけ楽しいものなのか、それは本人の表情を見ればよく分かった。
「ふふ。楽しそうでなによりです。康一さんの世界では違う町並みなのですか?」
康一の喜びようを見て、元の世界との違いがそんなに珍しいのかなと軽い気持ちで問いかけるリフル。
「そう…ですね。似ている所もあります。けどやっぱり違うかな…」
いつも以上に歯切れが悪い事にどうしたのかと首を傾げるリフル。その様子を見た康一は苦笑いをして言葉を続けた。
「実は僕、この世界に来る前は体が弱くてずっと病院に居たんです」
時間にしてみたらほんの前の事なのに、感慨深く思い出してしまうのはそれだけこの世界で充実しているのかと思いながら、ぽつりぽつりと話し始めた。
元来体が弱く、学校に登校した日数よりも病院に通院した日のほうが多かった。両親が自分の体を思い移動は常に車だった。
生まれてからずっと住んでいる場所なのに、知っている町並みは車内からの窓越しの景色。
こうやって街をゆっくり歩くなど今思えば初めての事なんだと改めて実感をした。
「あれ、リフルさん?」
粗方話し終えるとリフルは顔をうつむき心なしか肩が震えていた。
どうしようかと狼狽えているとリフルはバッと顔を上げ康一の手を包み込むように掴んだ。
「康一さん!今日の休日、目一杯楽しみましょう!」
「は、はい!?」
康一の話しを聞いて所々分からない単語が出てきたが、その境遇については理解出来たリフル。
軽い気持ちで聞いた自分のなんと浅はかな事かと、心な中で自分を叱責するが、それよりもやらねばならない事が出来た。
今日という日を余すことなく楽しい時間であったと、思い出として刻んでほしい。
きっとこれは康一にとって大切なモノになると感じたから。
「そうと決まれば善は急げですっ。行きますよ!」
「ちょっ、リフルさんっ!手を引っ張らなくても自分で歩けますからーー!?」
康一抵抗空しく、手を引いてグングン進んでいくリフル。その光景を見てた人達から、見馴れない仲の良さそうな姉弟がいるとちょっとした話題になるのだが、それはまた別の話し。
ウォレスにある装備屋通り。
主に冒険者達が世話になる武器や防具、アクセサリーまでここに来れば大概揃うとお墨付きの通り。
今日も今日とて自分の命を託す装備のために数多の人が通っていた。
「だーかーらー!!後ほんのちょっとでいいから下げてくれってっ!いつも優しくオマケしてくれたじゃんかよおっ!」
その通りの一角、一軒の武器屋から騒がしい声が響いてくる。
声の大元である一人の青年。ウォレスにある冒険者ギルドに所属している冒険者、ソーマ。
彼は店主に値段の交渉、というよりもただただゴネている最中だった。
「前までな。聞いたぞ?最近メキメキと力を付けたらしいじゃねぇか。一人前として認めたんだ、正規の料金で頼むぜ」
対する店主はソーマの事を認めたからこそ相応に対応していると返す。
「ぐ、ぬぬぬぬっ……!」
二の句を潰され唸るしなかいソーマ。これに反対してしまえば自分はまだまだ半人前だと自ら宣言することになる。
「諦めろ。相手が一枚上手だ」
「そもそも装備は重要なんだから値切るなんてみみっちい事なんてするんじゃないわよ」
「そうですね。自分の命を預ける物ですから相応の対価は当然だと思いますよ」
後ろから声を掛けるはソーマと同じパーティーメンバーで順にクーガー、ルセア、コーラルの三人。
「分かった!わーったからそれ以上の正論はヤメてくませんかねぇっ!」
流石にこれ以上打つ手は無いと悟ったソーマは観念して支払いの為に奥のカウンターへと進んでいった。
「ったく、最初からそうすればいいのよ。ところで私の手甲、修理は終わってるかしら?」
「おう。バッチリ仕上げてあるぜ。具合を確認したいから奥まで来てくれるか?」
勿論と返したルセアはクーガーとコーラルに行ってくると残し、鍛冶場へと向かった。
「クーガーは武器は良いのですか?」
「幸運な事に名品でな。鎚の部分は勿論、柄の方も不具合が無い」
基本簡単な手入れですむから楽なもんだと、背負ったハンマーに視線を向けるクーガー。
「そういうお前は?」
「私も杖ですので打ち合わない限りは問題はないですし、今は前衛の方達が頼もしいのでほら、結構長い付き合いですが状態は良いですよ」
掲げ見せる杖はキチンと手入れをされてるのか痛んだ様子もみられなかった。
「流石だな」
「ありがとうございます。…お二人はまだかかりそうですかね。少し外れても?」
「別件か?」
「そこまでではないんですが、顔馴染みが近くにいるもので顔を出してとこうかと」
個人的な用事なので付き合わせるのは悪いとコーラルは続けた。
「大丈夫だろ。どうせあの様子じゃまだまだかかりそうだしな」
店内から店の外にいる二人にも届く程の声が聞こえている。よくよく聞けばソーマがまた騒いでいる様子だった。
それに呆れるクーガーと苦笑いをするコーラル。そこまで時間はかからないと残してコーラルは歩いていった。
「さて、と」
手持ちぶさたになったクーガーは店外の壁に寄りかかった。戦い以外には飯を食う位しか興味の無いクーガーは皆の用事が済むまで空をただただ眺める事にした。
「――――ん?」
暇だ。その単語が頭を埋め尽くしていた時、ふと視線を感じた。
グルリと周囲を見渡し視線の元を探すと程無く見つけた。
「アレか」
じっと自分を見つめるフードを被った人物はクーガーに見つかった事が分かるとビクっと肩が上がった。かといって逃げる素振りはなくおずおずと立ったままだ。その隣には眼鏡を掛けた女性が居るがフードの人物の状態に戸惑っている様子だった。
(女の方は状況を飲み込めてない、か。という事は俺に用があるのはフード個人ってトコか)
立ち去らない辺り何か用事があるのは確定だろう。しかし相手が寄ってこないのであれば進展は無い。しょうがないか、とクーガーは自身から歩み寄った。
「何か用か?」
「あ!?あの、そのぅ」
声を掛けられ上擦った返事をするフードの人物。声の感じでは少年と分かる。しかし狼狽えるばかりでらちが明かない。仕方なしに傍にいる女に相手を掛ける。
「アンタはコイツの用件は分かるか?」
クーガーの問いに女は首を横に振った。つまるところフードの少年が自ら話さないといけないらしい。
「落ち着かないところ悪いが顔を見せてくれるか?用があるのに顔も見せないままではなないだろう」
時間はまだあるがソーマ達を巻き込むのはまた面倒だと考えたクーガーは何気なしに少年のフードに手を掛ける。
咄嗟な事に反応できなかった少年と行動が遅れた女。何かあれば謝ればいいと考えているクーガーはそのままフードを捲る。
「あっ――」
「……っ!お前は………!?」
露になった顔を見てクーガーは固まった。
まさかこんな所で会うなんて。いやそもそも何故ここに?幾つもの疑問が頭を駆け巡るが、一番に思うは何故目の前の人物が自分に用があるのかということ。
「お前、勇者か?」
クーガーの呟きに康一はゆっくりと頷いた。
得も言わぬ状況に三人はただただ息を飲んだ。




