37話
康一達を見送り、集まっていた城の兵達もそれぞれの持ち場に戻った。
「ふぅぅ……」
ついさっきまでの緊張を残らず吐き出すように深く息を吐く。するとタイミングを見計らったかのようにメイドが飲み物を持ってきた。
「ありがとう」
それを受け取り一口、少し落ち着いてもう一口と飲み、手早く飲み干す。
「またお持ちしましょうか?」
「いや、もう大丈夫」
メイドはカップを受けとると一礼をして去っていった。
「ふぅ」
「おや、落ち着いたと思いましたらまたため息ですか?リオン様」
その一連の様子を見ていた一人の男が声を掛ける。リオンと呼ばれたローランド王国現国王のリオンは少しムッとした面持ちで答える。
「今は少しぐらいいいでしょ?マリナス。やっと皆が出て一段落ついたんだから」
マリナスと呼ばれた見た目老紳士のこの男。前国王エルバートの代から仕え、エルバート亡き後の今ではリオンの最側近として仕えている。
「ははは、確かに。今ここにはリオン様と私しか居ませんからな」
リオンの視線など全く意に介さずマリナスは笑う。それを見てリオンはこれ以上は何を言おうが無駄だと悟り、顔を引き締める。
「それで?本当はどんなお気持ちでしたのかな?」
全くこの側近は本当に…。
父と母が亡くなってから城の皆に、そのなかでもこのマリナスには特に支えてもらい今までやってきた。
だからだろう取り繕った言葉など意味もなく、さらりと本心を聞いてくる。
「ふむ?まだお話ししてはくれませんかな?耳が痛いかもしれませんが、リオン様はご自身の気持ちを内に溜め込んでしまう癖があります。確かに王として将や兵達に弱い姿は見せられぬとは思いますが――」
「せめて自分には言えって言うんでしょ?……それぐらい分かってるよ。でも…」
そう言って俯くリオン。脳裏浮かぶのは優しく強い両親の姿。人々を愛し導き守り、そして人々からも愛され頼られ称えられた二人。
「……っ!」
ギリっ、と歯を食い縛る。そうだ。父上と母上は決して弱い姿を見せることも弱音を吐くこともしなかった。
今この時も人々が不安に駆られているのに、自分が弱音を吐いてはいけないとリオンは口をつぐんだ。
「リオン様…」
「僕はこの国の国王なんだ。勇者が魔物を討伐している間、玉座に座っているだけの僕が弱音なんて吐いてはいけないんだよ…っ」
未だに王として幼いながらも手を力一杯握りしめながら震える声で語るリオンの姿にマリナスはそれ以上何も言えなかった。
(リオン様…、いくら王とはいえ一人で全てを抱え込む事は出来ないのです。それはエルバート様も同じ、だからこそ私や皆がいるのですよ……)
リオンは聡い。今思ったことを言葉に出せば理解はするだろう。納得出来るかは別として。
「――わかりました。それでは私は康一殿達の出立の準備の仕上げをしてきますので終わりましたらまた戻ります」
それでは、と一礼をしてマリナスは玉座の間から出ていった。
「――――」
一人になってシンと静寂が流れる。今頭によぎるのはこれから魔物討伐へと向かう勇者の姿。
自分よりほんの少し年上で、見た目も中身も全然勇者っぽくなくて、それでも皆を助けられるなら喜んでと、厳しい特訓にも取り組んだ。そしてある日お互いの不安を語った初めての友達。
そう、友達だ。生まれて初めて出来た友という存在。
こちらの都合で喚ばれて、危険な任を押し付けた。しかし康一は嫌がる顔など見せることなくやり遂げると言った。
(ああそうだ…)
彼は前線で文字通り命を掛けるのだ。城という安全な場所にいる自分が弱音など吐いていいはずがない。
(強く、なるんだっ…)
手を引いてくれる父はもういない、背を押してくれる母もいない。だからこそ支えてもらってばかりではなく、自分の足で立てるようにならねばと、リオンは一人強く決意する。
いつも賑やかな冒険者ギルド『デュランダル』。しかし今日はいつにも増して冒険者達がざわざわとしていた。
「やけに賑やかだな、何かあるのか?」
そんな光景に違和感を覚えたのが、康一と同じ異世界からこの世界に来た男、クーガー。
転生する際に神とのやり取りで自分のスキル等を康一へと譲渡した経緯があり、今では他の冒険者と何ら変わらない状態でいる。
そんなクーガーの疑問に答えたのが一緒のパーティーメンバーであるソーマと呼ばれる男だった。
「ん?お前知らないのか?今日これから勇者一行が出発するってんで、皆見に行く気なんだよ」
「やっぱり皆気になるのね。ここに来るまでも町中その話題で持ちきりよ」
ソーマに続いたのがパーティーメンバーの紅一点ルセアである。
「お前さんはここにいていいのかよ?一応将軍の娘なんだろ?」
「一応ってなによ一応って。正真正銘ローランド王国のマルス将軍の娘よ。それにお城の人達は城内で見送りを済ませたみたいだし、これからのはあくまで町の人達向けのアピールね」
召喚されてから今まで一部の者しか姿を見れなかった勇者。あまりにも姿が見えなかったので人々の間では本当に勇者は存在しているのかと不安に駆られることもあった。
しかし今回町の者達で見送りことにより顔を見せることなるので不安も払拭されることだろう。
「―――」
「?珍しいな。お前がそんなに何か考えるなんて」
「何か気になることでもあるのかしら?」
「ああ、ちょっとな…」
いつもは歯切れのいいクーガーにしては口が重い。
「なら、見にいきましょうや。早めに行けばいい場所を押さえられるっしょ」
「そうね。私もお父様から話しは聞いているけれど姿を見たことはなかったから」
ソーマの提案にルセアも賛成する。当のクーガーも断る理由はなくソーマへと続く。
(そうか、漸くか……)
本来であれば自分も手を貸すためにその近くにいたはず。しかし自分はその役目を断り、その代わりにと力を差し出した。
チクりと、ほんの少し胸が痛む。それは勇者へとなってしまった者に対する贖罪の気持ちかもしれない。
(何を馬鹿な…。そう思う資格すら俺にはないだろうに)
ただ、勇者となった者の姿を一目見たいとここまで来たのだ。
クーガーは希望を持って歩く人々の中、一人重い足取りで歩いていった。




