第90話 高みの見物
『クーガーよ。気づいておるな?』
『はい、父上。黒山羊様の気配を感じます。』
ニンゲン達の襲撃が起きる前夜。我と父上は確かに、黒山羊様の気配を感じていた。これは我ら“黒きピューマン”のみ黒山羊様の再臨を感じ取ることが出来るという、特異な能力であった。
『明日、討伐に向けて出立せよ。必ず成し遂げるのだぞ、我が息子よ。』
『ハッ! 命に代えても、必ずや。』
父上は静かに、頷いた。
○
「じゃからぁ! 探索者達! が! 襲って! 来るの!!」
翌朝。ヘンタイことパンイチじーさんが何やら騒いでいた。手に持った白い板に黒い筆記用具で絵を描きながら、身振り手振りで必死に説明している。
『まさか、ニンゲン達が二手に分かれてこの集落を襲撃しようとしているのかッ!?』
「あ! さっすがクーガー氏、うまく伝わったようじゃな!」
親指を立てて笑顔を向けてくるぱんじー。喜んでる場合か! 一大事では無いか!!
ざわざわと動揺が広がる集落内。クソ、まさか黒山羊様討伐当日に襲撃してくるとは、なんと間が悪いことよ…!
ん、待てよ? 二手に分かれて襲ってくる…? あれ、これ黒山羊様がいる方向から襲撃してこようとしてないか?
ニンゲン達、黒山羊様とバッティングするのでは?
『グルゥ、漁夫の利を狙うか。』
黒山羊様は強大だ。そこらのニンゲンがいくら束になっても、敵う相手ではない。モンゴローや父上レベルの者が複数人いてようやく、といったところだ。
『皆、よく聞け! これより黒山羊様討伐隊を二分し、ニンゲン達の迎撃に宛てることにする。おそらく、ニンゲン達の一方は黒山羊様と遭遇し戦闘になる。奴らでは討伐は不可能、数を減らしたところで我らが漁夫の利を得るッ!』
『待て、クーガーよ。隊を二分する必要は無い。全隊、黒山羊様の元へ向かえ。』
『ち、父上!? それに、オババ!? その出で立ちは…!』
父上は、漆黒の皮鎧を身に纏っていた。腰には黒山羊様を討伐した際に手に入れた、二振の短刀。オババもまた、ネックウィッパーの骨から削り出した巨大な杖、そして迷彩柄のローブを身に纏っている。
『一方の集団はワシとオババで抑える。お前達は黒山羊様に専念しろ。』
『ひゃひゃひゃ! 実戦なぞいつぶりじゃろうか。血沸く血沸く!』
確かに、黒山羊様には万全の状態で挑みたい。しかし、たった二人でニンゲンの手練れを引き受けるのは…!
『クーガーよ、お主ワシを舐めている訳ではあるまいな?』
『い、いえ、そのようなことは…し、しかし!』
『自惚れるなよ? 小僧。』
ビュオッ
黒い風が吹いた。
『ワシは黒い疾風。ニンゲンなど吹き散らして、あの世へと送り出してくれるわ。』
『ひゃひゃ! 安心せい、オババもついておる。オババの呪術の真価は、お主が一番分かっておろう?』
オババの呪術の真価。それは敵対者への妨害。ピューマンたちは幼少期から、オババの呪術による負荷を受けた状態で戦闘訓練が行われるのだ。体は鉛のように重くなり、歩くだけで息も絶え絶えになる。しかし、だからこそ我ら戦士たちは屈強かつ、風のように素早いのだ。
『…分かりました。ご武運を、お祈りしておりますッ!』
父上は深く頷き、不敵な笑みを浮かべた。
○
ふむ、ニンゲンにしてはよく動く。よく動くが、しかし…。
『ねぇリーダー、さっきからあのニンゲン達は何をしてるんでしょう…?』
『なんか、無駄な動きが多いというか…。』
『回避するたびにウインクしたりくるくる回るのには、なんの意味が…?』
我らは今、ニンゲン達と黒山羊様の戦闘を観戦していた。当初の目論み通り、ニンゲン達と黒山羊様が交戦。少し離れた場所から高みの見物としゃれ込んでいる。
だが、気になるのはあまりにも無駄が多すぎる動き。なんだ、何の意図があってあんな動きを? 黒山羊様相手に手加減しているのか? 意味が分からない。あんな調子ではすぐに全滅するだろう。
む?
『お、なんだなんだ?』
『隊長、奴ら何か大技を放つみたいですぜ。』
黒山羊様を足止めしている間に、強力な合体魔法でも放つようだな。ふむ、確かにすさまじい魔力を感じる。周囲の空気が軋み、耳鳴りを感じる。これほどの技はそうそうお目にかかれるものではない。
ガルフフフ、なんだか興奮してきたな。
極度に圧縮された魔力が悲鳴を上げている。そして、次の瞬間。
『うおっ!?』
『す、すげぇ!』
極光が解き放たれた。爆風と閃光が炸裂し、思わず目を細める。視界が徐々に開けていく。なるほど、すごい。あの黒山羊様に、“大きめのダメージ”を与えたぞ。
さて、次はどんな大技を使うのだ!?
『…ん?』
『え、あいつら何してるんですかね?』
な、なんだ? 何をぼけーっと突っ立っている!? あんな技を放ったのだ、黒山羊様が“本気になる”のは分かるだろう!?
ま、まさか…。
『まさか、あいつら…。』
『黒山羊様を、倒したとでも思ってるの…?』
その推測は当たっていた。油断したニンゲン二匹が、一瞬のうちに黒山羊様に叩き潰された。血の雨は我らにまで降りかかった。
『総員、戦闘準備。』
やれやれ、がっかりだ。我の心のトキメキを返してくれ。
最後の一人、残ったニンゲンがへたり込んだ。まぁ、あいつくらいは守ってやるか。あの大技を見せてくれた礼、そして黒山羊様にダメージを与えてくれた礼として。
頬を伝う血の雨を、ペロリと舐めた。甘い、ニンゲンの血の味がする。
風と共に疾駆する。ニンゲンを蹴り飛ばし、触手の群れを斬り裂いた。さて、ここからが真の戦い。
『ガルゥッ。(邪魔だ、どけ。)』
「う、うぇ?」
ニンゲンよ。我らが本物の戦いを見せてやる。
作者のおしり炒飯と申します。
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