第69話 “青い英雄”
『ぐぅッ!?』
なんだ、何が起きた? あのニンゲンは、確かに死にかけていたはずだ。しかしなんだ、あの余裕は。激痛で立っていられないはず。死の恐怖で動けないはずだろうッ!?
突如迸った青い閃光。ワシの攻撃は間に合わなかった。咄嗟に飛び下がったが、体に異変はない。どうやら攻撃ではなさそうだ。
では、あの閃光は一体…?
あのニンゲン、モンゴローとかいうヤツがいた場所に目を向ける。白い煙の中、何かが立っている。そしてそれは、ゆっくりと、その姿を現した。
『な、なんだ、その姿は…ッ!』
鎧。青い、騎士鎧であった。顔まで覆われたフルフェイスの鎧は、天に向かってまっすぐ、二本の角のような物が生えている。
なんだ、この既視感は。ワシはどこかで、これを見たことがある…?
フッ、と。
鎧の姿が、かき消えた。
視界の端、青い煌めき、迫る刃。
手甲から伸びた刃がすでに、ワシの体を捉えようとしていた。
『ガルルゥォオオオオオッ!?』
しなる筋肉、すんでのところでこれを躱しきる。しかし迫る、もう一刀。間に合わない、身体的な動きだけでは躱しきれないッ!!
爆風。自らに風を叩きつけて、強引に距離をとって回避。無傷とはいかない。地面をころがりのけぞり起きる。
『フーッ! フーッ!』
騎士を視界に捉える。歩いてくる、ゆっくりと。この程度の距離、一瞬で詰められたはず。まさか、手加減でもしていると言うのかッ!?
『舐めるなァアアアーーーーッ!!!』
怒りで、魔力が唸りを上げて立ち上る。黒い風が竜巻のように巻き上がり、全身を覆う。それはまるで、“黒い旋風の鎧”であった。
これこそが、ワシの持てる最高の技。
懐から、二本のナイフを抜き放つ。刃は漆黒、不気味な魔力がどろりと滴るようであった。
これこそが、“黒山羊”の刃。禍々しくも美しい、魔力の結晶。
今こそ、ワシの生涯最高の一撃をお見舞いしてくれるッ!
互いに、ゆっくりと歩みを進める。歩く度に足下の枯れ草が、風の鎧によって細切れになる。荒々しく唸る黒い風は、解き放たれる瞬間を待ちわびていた。
近づく距離。互いの視線が、交差する。
今だ。
『――<黒爪千刃>。』
千の刃が、解き放たれる。それはまるで、凝縮された嵐だった。甲高い轟音が響き渡る。鎧が傷つき、削られていく音だった。
しかし。本命は、違う。嵐の中、黒き獣の二本の牙が、獲物を仕留めんと襲いかかる。
『貰ったぞッ!』
嵐が命の灯火を消し飛ばし、迫る刃がその燭台ごと両断しようとしている。
否。
光が明滅していた。黒い嵐の中、まるで灯台のように。
それもまた、刃であった。
キィイイ、ン。
光り、震動し、すべてを斬り裂く勇気の刃。
『バ、カなッ!』
ヒーローは、人間の英雄は今、ここにいる。
「――<リーボル・ガントレットソード>。」
千の刃は、二本の刃によって吹き散らされた。嵐を抜けて、それが来る。台風一過、青空の如きその鎧が。
『ぐぁぁあああああああああーーーーッッ!!!』
ワシは一撃で吹き飛ばされた。天地がひっくり返ったような衝撃。かろうじて意識をつなぎ止める。体はもう、動かなかった。
ああ、青い光がやってくる。そうか、ワシの命も、ここまでか。絶望と怒りに飲まれ、吹き散らされたのはワシのほうだった。
走馬灯が流れていく。すまない、ロロ。愛する者よ。お前がいなければ、ワシはただの獣だった。お前がいたからこそ、ワシは皆を導けた。お前を失った日に、ワシは、村長のガズルは死んだのだ。
すまない、息子よ。クーガーよ。ワシが間違っておった。ワシの目が、曇っておった。今更許してくれとは思わぬ。だが、これだけは。これだけは、信じて欲しい。
ワシはお前を、心から、愛しておった。
ああ、黒い風が吹いている。ワシを迎えに来たのか、死神が。
いや? 違う。これは、“ワシの風”ではない。優しい風だ。
一体、誰の…?
『ガルルルルァアアアアッ!!!』
黒い風と、青い光がせめぎ合っている。ワシが受け止めきれなかった青い光が、受け止められている。
『モンゴロー、止まってくれッ! どうか父を、我の愛する家族を、殺さないでくれェーーーッ!!』
クーガー、クーガーなのか? そうか。お前は、お前はすっかり、ワシよりも強くなっていたのだな。
ワシとはちがう。お前は、“守るための強さ”を、持っていたのだな。
青い光と黒い風が、収まっていく。
視界が開けて、目に映ったその光景。若きピューマンと、人間が相対している。
そうか、そうか! 思い出したぞッ!
『おい、クソピューマンッ! いつか絶対、決着つけてやるからな!!』
青い鎧の青年が、ワシに向かって吠えている。
『フンッ、キャンキャン吠えていろクソ人間ッ! いつか絶対ぶっ殺してやるッ!』
遠い、遠い日の記憶。
そうか、モンゴロー。お前は、あのときの人間の…。
意識が、遠のいていく。
『フッ、クソ人間。あのときの決着、ようやく、ついたぞ…。』
『父上ッ!!』
クーガーが駆け寄る。優しい風が、髭を揺らす。
見上げた空はどこまでも高く、青く、澄み渡っていた。
作者のおしり炒飯と申します。
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