第68話 “黒い疾風”
『グルルルルァアアアーーーッ!!!』
「くぅッ!!」
荒々しく暴力的で、目にも留まらぬ早さの爪の連撃。僕はいつものように両腕を刃と化し、それらを防いでいく。
しかし、その連撃には黒い風の刃が乗せられており、一度振るわれる度に数度の衝撃と切り傷が生じていた。
「あなたを殺したくはないッ!」
『ほざけ、ニンゲンのガキッ! 殺せるものなら――』
一瞬の溜め。ガズルのしなやかな筋肉が収縮し、一気に爆発する。
『殺してみろォオーーーーッ!!!』
斬撃の暴風。自由自在に伸縮するその爪は、回避と防御の距離感を掴ませない。分身したかのように見えるほどの速度で、四方八方から振るわれ続ける攻撃。
再生が、追いつかないッ!!
本当に殺されかねない。防御に徹している場合では無いことは、明白であった。
『ッ!?』
ガズルが初めて回避行動を取った。モンゴローの腕が、四本に増えたように見えたのだ。
(なんだ、今のは…?)
困惑するガズル。
「…仕方ない。仕掛けるか。」
『ガルッ!?』
突如飛来する火球に、一瞬思考が止まる。ガズルもまた、風の刃を飛ばして火球を吹き飛ばそうとする。
初速全開、突進。
視界の外から、襲いかかる。迫る二刀、異形の刃。それはまるで、ギロチンのようであった。
『猫だましとは、小癪なマネをッ!』
「え、ピューマンにはぴったりじゃないですか? “猫”だまし。」
『ほざけェッ!!』
吠えるガズル、冷静な僕。爪と刃がぶつかり合い火花を散らす。連撃の応酬、両者拮抗。再び僕の腕が四本に増える。
「――<幻影模倣>(ミラージュ・トレース)。」
『くッ!?』
一瞬、ぶれる動き。だが。
『見破ったぞ、その技。』
迫る四本の腕。しかし、ガズルは二本の腕を無視。
体で受け止めた。
『フンッ、やはりな。“臭いがしない”と思った通りだ。』
ガズルにダメージは、ない。この二本の腕は、幻影のフェイクだ。体をねじりながら、僕の刃を掻い潜る。ゆっくりと、しかし一瞬の間に流れていく時の中、僕とガズルの視線が交差した。
『――<十字風爪>(クロス・ウィンド)。』
「ごふっ!?」
爪による、十字の傷が胸元に刻み込まれる。衝撃で後方へと吹き飛ばされるが、宙返りをして着地。
『再生、か。厄介なものだ。』
「いててて…。まさか臭いで見破られるとは。」
膠着。周囲のピューマンたちがざわついている。
『あのニンゲン、村長と、互角…。』
『な、なぁ。モンゴローって、何者なんだ…? 本当に、ニンゲンなのかよ…?』
ピューマンたちにとって、ガズルは絶対的な強者であった。この村、いや。この世界は強者こそが正義。数十年にも渡って群れを率い、かつて“黒山羊”をも打ち倒した黒い疾風は、彼らにとってまさに“英雄”だったのだ。
そんな生きる伝説と互角に戦う、ニンゲン。驚愕するのは当然のことであった。
『ニンゲンにしてはよくやる。認めてやろうでは無いか。だが、これで終わりよ。』
ガズルが不敵な笑みを浮かべ、前傾姿勢になった。何かが、来る。そう予感させた。
「…なるほど、必殺技か何かでしょうか。では、僕も“新技”でも試させてもらうとしましょう。」
幻影模倣も新技なんですけどね! こういう強者との戦いは、多くのことが学べる。僕自身あんまり本気で戦うことがないから、学べるときに学んで、試せるときに試しておかないとね。
静寂が場を支配する。両者の技が今、ぶつかろうとしていた。
カランッ!
何かが、落ちた音。
「――<落影の蠢き>。」
『――<黒爪一陣>。』
僕の、いや。周囲の影が一斉に、ガズルへと襲いかかる。そう、これは影の魔人の技。しかし、影が伸びた先に、ガズルはいなかった。
黒い、風だった。そうとしか思えなかった。幽体化する暇すらなかった。
目で追うことすら難しく、ただ、一陣の風が吹き抜けたのを感じた。
ベシャベシャベチャッ!
水の音。僕の足下から。
下を向く。赤い。内臓がこぼれ落ちて、べちゃりと音を立てていた。
『――遺言くらいは聞いてやるぞ、ニンゲン。』
振り向くと、ガズルがいた。黒い微風がなびいて、彼の豊かな体毛がふさふさと揺れている。
「ごふっ! げほっ!」
口から大量の血が噴き出した。ああ、これは本気でやばいかもしれない。
「…これが、黒い疾風の、所以、ですか。」
ああ、強い。
『そうだ。驚いたな、まだそんなに話せる気力があるとは。仕方ない、今一度トドメをさして――』
「強いなぁ、ガズルさんは。」
ピクリ、と。ガズルさんの猫のようなひげが揺れた。
「まさか、こんなに一方的にやられるとは思いませんでしたよ。」
僕の体ごと斬り裂かれた落影の軽鎧が、影魔法によって修復されていく。ベチャッ、と音を立てて、僕の臓物がちぎれ落ちた。
『…貴様、なぜ、まだしゃべっている。どうして立っていられる。腹が裂け臓物はこぼれ落ち、再生は追いついていないはずだ。』
ガズルさんが再び、その黒い爪を構えた。
「ああ、これなら。ガズルさん相手になら、僕も――」
ガズルは直感した。何かが来る、と。
「僕も、“本気”でやれそうだ。」
黒い風が、再び吹き抜けようとして。
「―――“変身”。」
蒼い閃光が、迸った。
作者のおしり炒飯と申します。
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