第52話 富士ダンジョンへの招待
「“あの”、富士ダンジョン、ですか?」
「はい。“あの”、富士ダンジョンです。」
富士ダンジョン。探索者の多くが目指す、日本唯一の国家規模ダンジョン。このダンジョンに挑む者は攻略組や攻略勢と呼ばれる、トップ探索者の一員となる。
各国に出現した国家規模ダンジョンは、そのどれもが巨大な塔の姿をしている。頂上は見えず、衛星写真でも決して写らない。どのような仕組みでそうなっているのか、材質はなんなのか、すべてが不明であった。
内部は非常に広大で、零細~中規模ダンジョンとは異なる場所も多いらしい。難易度は言わずもがな、最初のエリアでさえ中規模ダンジョン最終層レベル。
攻略勢の5年以内平均生存確率は30%。
つい最近も、古参のベテラン攻略勢が消息を絶ったばかりだ。
富士ダンジョンの具体的な詳細については、実際に挑む者のみぞ知る。国家規模ダンジョンの情報は、一種の国家機密でもあるからだ。
それでも、攻略勢はそれぞれの夢を追い求めて、未知なる富士ダンジョンへと挑み続ける。
ある者は金のため。
ある者は名誉のため。
ある者は力のため。
ある者は愛を証明するため。
ある者は未知を知るため。
世間は攻略組を異常者集団や狂人集団として扱うことも多いが、配信というメディア活動もあって、ファンとなる者も多く、子供達からの人気も非常に高い。
攻略勢は今日も、富士ダンジョンへと挑む。
夢のため。
命を賭けて。
「それで、どうして僕に?」
「富士ダンジョンへ挑むには二つの資格が必要になります。一つは、中規模ダンジョンの踏破。もう一つは、講習参加と探索資格試験の合格です。」
「なるほど?」
「中規模ダンジョンを踏破された方全員に、富士ダンジョンに関する講習参加についてご案内させていただいているんです。その中からさらに資格試験を突破された方が、富士ダンジョンに入ることが出来ます。」
つまり、僕は富士ダンジョンへ挑む資格の半分を、すでに得ていることになるらしい。マジか。
「それで、守野さん。いかがいたしますか?」
桜井さんは窺うように、僕の目を見つめた。
「え? 受けます受けます。絶対受けます。富士ダンジョン、絶対行きたいです!」
そりゃ行きたいに決まってるでしょ~! だって富士ダンジョンだよ富士ダンジョン! 中規模ダンジョンとは一線を画す危険度のモンスターたち、日本には存在しない様々な環境と美しい景色。
モンスター解説系配信者として、モンスター好きの人間として、行かない理由はない!
ふと、桜井さんを見ると。目を見開いて、ぱちぱちと瞬きをしていた。
「あれ、桜井さん?」
桜井さんは、はっ、としたような表情をして、慌てたようにメガネを指で押し上げた。
「し、失礼しました。まさか即答されるとは思わず。ふふっ、でもよく考えてみれば、当然、でしたね。」
桜井さんは優しげに微笑んだ。
あ、もしかして。
「もしかして、なんですけど。僕の両親が、富士ダンジョンのスタンピードで命を落としたことを、気にされていたんですか?」
桜井さんは今度こそ大きく目を見開き、固まった。
そう、僕の両親は富士ダンジョンで発生したスタンピードで命を落とした。今から十数年前、当時は中小規模ダンジョン同様に開放されていた富士ダンジョンにて、大規模なスタンピードが発生した。
スタンピードとは、なんらかの原因によってダンジョンからモンスターたちがあふれだしてしまう現象のことだ。
原因となる事象は様々だ。例えば、驚異的な強さと知性を持つ異常個体モンスターが現れて、明確な意思を持って侵略してくる場合。魔力の異常によって、ダンジョン周辺の魔力濃度が高まり、ダンジョン外で危険なモンスターたちが現れる場合。
そして、人為的な過ちによって、引き起こされる場合。
富士ダンジョンスタンピードは、この人為的な過ちによって引き起こされたものだった。
当時、富士ダンジョンに挑むための資格などは設定されておらず、多くの探索者達が夢を追って、富士ダンジョンへと挑んでいた。そんな中、とある初心者、中級者探索者パーティが、ドラゴンの子供に手を出した。
結果、怒りに我を忘れたドラゴンの群れ、そして怒れるドラゴンを恐れて恐慌状態に陥った様々なモンスターたちが濁流となって、下手人となる探索者達を追った。
追われた探索者達もまた、必死だった。彼らは逃げ込むようにしてダンジョンゲートを潜った。
ドラゴンの怒りは収まらなかった。モンスターの濁流はそのままゲートへ殺到。津波となって、富士一帯の市街地へと襲いかかったのだ。
結局、多くの犠牲者を出しながらも当時の攻略勢や他探索者達がモンスターを掃討。探索者だけでなく、ギルド職員や無関係な一般市民までが亡くなる、大事件となった。
この事件をきっかけに、富士ダンジョンへ挑むためには資格が必須となったのだ。
「僕の両親は、富士ダンジョンのスタンピードで死にました。それも、見ず知らずの人たちを助けるために、戦って。」
僕の脳裏に、両親の葬式の光景が浮かび上がる。薄れて、セピア色になりつつある、幼き日の記憶。嗅ぎなれない、むせ返るような線香の匂い。
「確かに、今でも思うところはあります。どうして、僕を一人にしたんだって。どうして、僕を選んでくれなかったんだって。でも。」
でも。
「僕は今が、楽しいんです。探索者になって、いろんな景色を見て、いろんなモンスターと出会って。配信を通して、いろんな人にモンスターの素晴らしさを布教できて。」
桜井さんの目を、まっすぐに見つめる。
「それに、はっきりとは覚えてないけれど。僕の両親も、ダンジョンが大好きだったと思うんです。僕がモンスターを好きになった、最初の理由。それは――。」
『ゴロウ、見てごらん! これが、ワイバーンの牙だぞ!』
『ゴロウ、どう? ママの魔石のネックレス。この魔石、ママが初めて倒したコボルトの魔石なのよ!』
二人の、笑顔。
「両親が、あまりにも楽しそうに、ダンジョンでの冒険を聞かせてくれたから、なんです。」
桜井の脳裏にも、かつての英雄二人の姿が浮かび上がる。好奇心と希望に満ちあふれた、キラキラとした目。
「だから僕は。富士ダンジョンに行きます。両親が愛した、ダンジョンに。僕の夢が待つ、富士ダンジョンに!」
(ああ、この目。このキラキラとした、好奇心に満ちあふれた目。)
『おっ、桜井ちゃん! 見てくれ、今日の素材は大量だぞ~!』
『あら、桜井さん! そろそろ魔法にも慣れてきた? 分からないことあったら、なんでも聞いてちょうだいね!』
「ふふふっ、分かりました。」
桜井さんは微笑みながら、パタリと。手元の書類を閉じた。
「それでは後ほど、講習資料一式と日程案内等、お渡しさせていただきます。あぁ、それと。」
カチャリ。メガネを指で、押し上げた。
「試験の合格率は30%ほどです。いくら強くて才能があっても、資格が無ければ探索は許されません。しっかりと勉強して、試験に挑むように。」
う、うそ~ん...。
第一章 「活動開始編」完。
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第二章 「平原の獣人編」へ続く。
作者のおしり炒飯と申します。
どうぞよろしくお願いいたします。
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また、本作カクヨム様にて、先行公開しております。
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