第50話 「変身」
新宿ダンジョン最奥ボス、影の魔人。
その特徴は、影を操ると言うことだ。探索者の影を操ることはできないが、自らの影や周囲の影を自由自在に操ることが出来る。そして、この能力が故に、このボス攻略戦には“時間制限”があった。
「くっそ~、もう“だいぶ日が落ちちゃってる”じゃんッ!」
そう、このステージは夕方から始まるのが確定している。日が沈みきれば、周囲はすべて影に包まれる。そうなってしまえば最後、逃げ出すことすら出来なくなってしまう。
戦闘開始から日が落ちるまでの時間は、約10分。僕はのんきにおしゃべりしてしまったので、あと7分も残ってないだろう。魔人が時間稼ぎ、と言っていたのはこのことだ。
周囲の影が形を変えて襲い来る。魔人は影から影へと転移を続けており、僕の魔法はすべて空ぶっていた。
「ぐぅッ!?」
右腕と左足が、突如同時に斬り裂かれた。僕は攻撃を食らっていない。食らったのは、「僕自身の影」だ。そう、影の魔人の攻撃は、対象の影にも当たり判定がある。影が斬り裂かれれば、本体も同じ箇所を斬り裂かれてしまうのだ。
「厄介すぎるッ!」
僕は即座に、右腕と左足を再生させた。
『再生持ちとは厄介だな。では、これならどうかね?』
何かが来る。身構えた瞬間。
『――〈セレブロ・シュピーレン〉。』
魔人の眼球が、怪しく光った。頭の中を直接まさぐられるような、不快な感覚。次々に嫌な記憶がフラッシュバックして行く。
『ふむ、大体分かった。こんな感じかな?』
「な、にをッ!」
複数の影が召喚された。それらはどれも、見覚えがある姿だった。カツヤをはじめとする、僕をイジメていた四人の影。僕を無視し続けた、学校の教員達。佐伯を筆頭に、傍観してニヤつくだけの同級生達。そして。
「…父さん、母さん。」
僕よりも“その他大勢”を、ニンゲンを選んだ、両親。
それらの影が、僕を取り囲んでいた。
『さて、青年。もう時間が無いぞ。逃げるなら、尻尾を巻いて逃げ出すと良い。この私の召喚した影達を斬り伏せて、な。』
影の魔人が笑う。はぁ、もう、本当に良い性格してるよ。
「そんなんだから、ヒーローさんと喧嘩しちゃったんじゃないですか?」
ピクリ。影の魔人が、反応した。
『…言ってくれるではないか、青年。影達よ、やれ。』
周囲の影が、一斉に襲いかかってくる。日の入りまであと数分。もう、出し惜しみはしていられない。
「―――変身。」
青い、閃光。
襲いかかった影達が、吹き飛ばされた。
バチバチと青い雷光が迸り、白い煙を上げている。
ゆっくりと立ち上がった、その姿。
『…ふむ、私の知る姿とは違うな。』
青い、蒼い、全身鎧。落ちていく夕日を反射して、光り輝いている。
背中にはためくのは、母から継いだローブマント。
顔を覆うフルフェイスヘルムには、天を突くようにまっすぐと伸びた二本の角。目元のスリットからは、青い眼光が覗いている。その鎧姿は、奇しくも英雄と呼ばれた父と似通っていて。
「やっぱり、マリスや影を通して監視してたんですね、この変態ッ!」
『いや、君にだけは言われたく無いのだが。』
再び影達が襲いかかる。しかし、それよりも早く。
青い目の残光が、線を描いて揺れていた。
ジャキンッ
鎧の両手、いつの間にか籠手から伸びていた二本の刃が格納された。
その瞬間、周囲を取り囲む影のことごとくが、細切れになった。
残る影は、二体のみ。
「あれは、父さんと母さんなんかじゃない。」
両親を模した、影。
「でも。例え、ただの影だとしても。」
駆け出した。
「本気で、超えて見せるよ。」
『ふん、やれるものなら、やってみると良いッ!』
父の影が剣を振り抜く。地鳴りと共に、黒い斬撃が迫り来る。周囲の影が一斉に牙を剥き、全方位から殺到する。もうまもなく、日が落ちる。
しかし。
『むっ、その剣は――ッ!』
「ああ、父さんの剣だ。」
聖剣、アロンディート。抜刀。
刀身が青い光を放つ。魔力が渦巻き、風が唸る。
そして、構えた。
「―――〈アロンディート・オーバードライヴ〉。」
解き放たれた、青白い斬撃。光が周囲を照らし出し、一切の影が消滅した。
『くっ! 影よ、私を守れッ!』
母の影が、黒き結界を展開する。かつては聖域と呼ばれた、最強の結界だ。
「無駄だよ、母さん。」
大地を削りながら飛翔する巨大な斬撃。もはやそれは、一条の巨大な閃光であった。父の影が放った斬撃は、1秒と持たずに消し飛び。母の影の結界もまた、数瞬のうちに消滅した。
光が、すべてを飲み込んだ。
轟音。静寂。
日はほとんど落ちていた。かすかに残る残光が、うっすらと世界を照らしている。逢魔が時。僕が見たのは、影の魔物か、それとも。
チンッ
聖剣を鞘に収めた。青い光がほどけていく。変身が、解除される。
『…は、はは。これほどとは。“あいつ”から、託される訳だ。』
影の魔人は、体のほとんどが消し飛んでいた。頭と上半身だけが、かろうじて残っていた。
「ああ。君の“友人”から、託された力だ。」
僕はゆっくりと、魔人の隣に腰を下ろした。
『友人、か。』
影が目を細めた。
『青年、君は強いな。あのような陰惨な攻撃をした私と、まだ言葉を交わしてくれるのか。』
「ははっ、確かにこれはひどいって思ったよ。でも、“ニンゲン”たちのほうがもっと陰惨だ。でしょ?」
パチパチと瞬きをする、影の魔人。
『ふふふ、ははははっ! ああ、そうだな。そうだったよ。』
影の魔人は楽しそうに笑った。心の底から、楽しそうに。
『久しぶりに笑ったよ。懐かしいな、かつては私も、こんな風に笑えたんだ。あいつと共に。』
「…。」
僕は、何も言わなかった。これは、ヒーローと魔人、二人の思い出だ。
『青年。いや、モンゴロー。私は世界を滅ぼしたことに後悔などない。もし君が、私と同じように世界に絶望して、私と同じように世界を滅ぼそうと思ったら。迷わず、この力を使うと良い。』
『スキル獲得:影の魔人』
「…わかった。いや、これ分かっちゃダメじゃない?」
『ははは、そうだな。私がゲームの魔王だったら、君は“世界の半分を手に入れる”という選択をしたことになるな。』
「あーダメダメ、データ消えちゃうよ…。」
僕と魔人は声をあげて笑った。
『モンゴロー。名残惜しいが、時間だ。』
気づけば影の魔人はすでに、頭だけになっていた。
『初めて私を倒したのが、君で良かった。ありがとう。』
「うん。僕も、君と話せて楽しかった。」
『はははっ。では、さらばだ。我が最後の友人よ。』
影の魔人は、空に溶けて消えていった。最後の瞬間、彼の目は。あんなにも恐ろしく感じた彼の目は、とても優しげに、微笑んでいるように見えた。
「ばいばい、影の友達。」
夕日が落ちた。あたりには静かで、どこか暖かく、優しい闇が広がっていた。
―――――
スキル:影の魔人
①影魔法
自らや周囲の影を操る。対象、もしくは対象の影を攻撃することでダメージを与えられる。また、影から影への短距離転移(半径15m以内)を行える。
②影召喚
影を召喚出来る。影を通して、一部の影魔法を行使出来る。影と視界を共有出来る。
作者のおしり炒飯と申します。
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