第45話 『変身』
新宿ギルドは、蜂の巣をつついたような慌ただしさだった。スーツの職員達が走り回り、重傷を負った探索者達が担架で搬送されていく。調査依頼を受けようとする、正義感の強い探索者達が集まっている。
僕はそれらすべてを無視して、ダンジョンゲートへと走って行く。気にとめる者はいない。幻影魔法を使っているからだ。桜井さんのように幻影魔法を見破るような者もいるが、数は少ない。それに、僕は今全力で走っていた。
「頼む、間に合ってくれ…!」
僕が急ぐ理由。僕のせいでマリスが誕生してしまったことへの後悔。死してなお、不幸を振りまく奴らへの怒り。そして。
「プログレスの皆が、危ないッ…!」
プログレスが、新宿ダンジョンで配信をしていたからだ。
○
新宿ダンジョンに、雨が降っていた。しとしとと降り注ぐ雨が、彼らを等しく濡らしていた。
「〈シールド・バッシュ〉ッ!」
タケシが盾を構えてカウンター技を放った。相手は、同じように盾を持った黒い影。俺たちプログレスは、絶望的な戦いを強いられていた。
「ぐぁああああああああっ!」
「タケシッ!!」
タケシが横合いから突っ込んできた大柄な影に吹き飛ばされた。この影には見覚えがあった。あの日、ギルドで俺たちを脅してきたやつにそっくりだ。
「「きゃああああああっ!!」」
「ミカッ! イツキッ! クソがぁッ!」
ミカとイツキは細身の影たちと、槍を持った影に囲まれていた。あえて急所を外し、装備品を破壊するような攻撃ばかり。まさかこいつら、ミカとイツキの装備を破壊して、裸にするつもりかッ!?
『――〈サンダーショット〉。』
「ぐぅっ!?」
助けには行けない。俺は目の前の相手で手一杯だった。雷魔法とロングソードを操る剣士風の影。こいつ、強い…ッ!
そしてその背後。あの日俺たちに声をかけてきた、女。いや、その女に酷似した、異形の存在。
俺たちがまだ生きていられるのは、あいつが、“俺たちで遊んでいる”からだ。例え有効打となりそうな攻撃を繰り出しても、あいつが黒い炎で妨害してくる。まるで、「黙っていたぶられていろ」、とでも言うように。
『―――はぁ、もう飽きたんですけど。』
「…は?」
何か聞こえた。ため息をついて、飽きたような仕草と表情。その瞬間。
視界の端で、タケシが血を噴き出して倒れ込んだ。影の両腕は血に染まっており、影が持つ盾にはタケシの返り血がべったりとついていた。
ミカとイツキが切り刻まれ、蹴り上げられ宙を舞った。気絶した彼女たちの衣服を、影達がまさぐるようにして破っていく。
「やめろぉおおおおおおッッ!!!」
怒りで魔力が渦巻く。剣に魔力が伝わっていき、発光を始める。俺の持てる、最強の技。これでみんなを、助け出すッ!
「〈メガ・スラッシュ〉ッッ!」
横薙ぎ一閃。光る斬撃が放たれ、醜悪な悪意達へと迫る。オークですら紙のように両断する一撃だ。
『――は? ウザ。』
パチン。女が指を鳴らした瞬間、巨大な黒炎の壁が出現した。俺の斬撃は、たったそれだけで霧散した。
「バ、カなっ」
黒炎の中から、紫電を纏った剣士が飛び出す。
ずぶり。
俺の腹に、剣、が。
『――〈サンダー・ソード〉。』
目の前で、影が確かに、醜悪な笑みを浮かべた。
電撃が剣を伝って、俺のからだに――。
○
マリスたちが目撃された最後の場所は、第7階層。しかしフィールドは広大で、どこに奴らがいるかは分からない。走り回って探し出し、これ以上犠牲者が増える前に僕が倒すしかない。
マリスの強さは千差万別だが、最低でも中級ダンジョンのボス程度の強さを持つ。最低でも、だ。
視界の端で、黒炎が上がった。
「あそこかッ!」
あの黒炎は、おそらくマリスのもの。それに炎が上がるということは、誰かが戦っている、ということだ。
加速する。一歩踏み出すごとに大地は砕け、音速を超えてソニックブームが発生する。僕の体が速度について来られず悲鳴を上げるが、再生スキルで誤魔化す。
ビルの群れを抜け、炎の直下。広場のような場所に到達した。
僕の目に飛び込んできた、光景。
血だまりに倒れる、盾を持った男性。下着姿で慰み者にされかけている、女性二人。剣で貫かれ空に掲げられた、男性。
プログレスの、変わり果てた姿。
僕の中で、何かが切れた。
殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。
もう一度、殺してやる。
この手で、確実に。
『――変身。』
緑の閃光が迸った。巻き上がる黒い煙の中から、その“巨体”が、異形の姿を露わにした。
現れたのは、“ヒーロー”などではなかった。
鱗のようなものに覆われた体は怪しくてらてらと光を反射し、黒い紋様が全身に巻きついており、ところどころに棘のようなものがある。
背中には、羽。黒く長い、虫の羽。足は湾曲し、まるで飛蝗かうさぎのようで。
額には、複眼。そして、不気味な触角が上下に揺れている。
は虫類と肉食昆虫を足したような恐ろしい顔と、赤い複眼。
ゆらゆらと恐竜のような尾が揺れる。
そして、鋭い牙のような大顎。
『キュルルルルルルル、フシュゥウウウウーーーッ...!』
ガチガチと音を鳴らした大顎から、呼気が漏れ出す。それは黒く、まがまがしい瘴気であった。
『ギシャアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!』
怒りと憎悪、殺意に塗れた悍ましい異形が、大地を蹴り砕いて駆け出した。
風が吹いた。
影が三体吹き飛び、細切れになった。幸いにも、ミカ、イツキの命に別状は無さそうだ。
風が吹いた。
影の剣は砕け散り、血だまりからタケシの姿がかき消えた。
異形の腕が、震えている。
僕は二人を、そっと地面に横たえた。
『キモ。誰? お前。』
爪をいじりながら目を細める、マリス。
『キュルルフシューッ...。ひひ。やぁ、ずいぶんとイメチェンしたね? みんな。ニンゲンより相応しい姿になったじゃないか。』
語りかける。
その声を聞き目を見開く、マリス達。
『あんた、は。あんたはァーーーーーーッッ!』
怒りが。
『オ、ア、クソ、ゴロー、てめぇ、てめぇのせいでッ!』
悪意が。
『クソオタクの、くせにぃいいいッ!!!』
『クソガキ、よくも、俺を殺しやがったなァアアッ!』
恨みが。
怨嗟の声をあげる。そうか、こいつらはすでにモンスター。だから怨嗟の声が、直接聞こえるんだ。モンスタースキルの、効果で。
『ひひっ、ごちゃごちゃうるせェんだよ。死んでもなお、不幸を振りまくゴミどもが。』
バサリと、羽が開く。ビキビキと、脚の筋肉が軋む。大顎がガチガチと音を立て、瘴気が漏れ出す。
『殺してやるよ。』
宣言する。
今この場には、“モンスター”しかいなかった。
『もう一度、殺してやるよ。“ニンゲン”ども。』
作者のおしり炒飯と申します。
どうぞよろしくお願いいたします。
本作、カクヨム様にて、先行公開しております。
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