第29話 ボス:シャドウ・ファイター
「あ~やっちゃった~…!」
あの後、僕は足早にその場を後にした。しれっと幻影魔法を使っていたから、僕が犯人だとはバレていないはず。バレていないと信じたい。
『わふんわふんっ!』
「わ~んもふげ~、やらかしちゃったよぉ~…。」
僕はもふげに顔を埋めた。そう、あれは昨日の出来事。あの後僕はすぐに帰宅して、ベッドに飛び込んだ。完全に現実逃避だ。一応、ギリギリ残った理性で迷惑料金として多めのお金を置いて出てきたけど…。
『わふ?』
「まぁ、でも大丈夫か!」
こんなことでくよくよ悩んでいても仕方が無い! くだらないニンゲンのメス一匹に、脳のリソースを割かれるのも癪だし。今日は配信はお休みなので、いつもよりゆっくり準備して、ダンジョンに向かおう。
○
何食わぬ顔でダンジョンへと戻ってきた僕は、さりげな~く例のカフェの様子を窺った。やはり、今日は終日臨時休業しているようで、窓ガラスの張り替え作業が行われていた。警察も来ており、何やら現場検証なんかをしていたので、僕は慌ててその場を離れた。
「はぁ、もう人と極力関わりたくない…。」
ふと思い出したのは、新宿ダンジョンで見た青年達のパーティ。倒したモンスターに手を合わせるその姿は、僕に少なくない衝撃と、暖かな喜びを与えてくれた。
「みんな、ああいう人ばっかりだったらいいのになぁ。」
言っても仕方がないことだ。とりあえず今は、ダンジョンに集中しなきゃ!
なんて言ったって、今日はボスに挑む日なんだから!
○
新宿ダンジョンには、二体のボスがいる。5階層のボスと、10階層のボスだ。僕が今回挑むのは、第5階層のボス。その名も、「シャドウ・ファイター」だ。
第4階層の転移ゲートを潜った瞬間、強風に煽られ、思わず顔を腕で覆った。一瞬、息が詰まる。強い風を真正面から浴びたとき特有の、あの感覚。そして、腕の隙間から見えた景色に、僕は息をのんだ。
「た、高い…! それに、景色がめちゃくちゃ綺麗!」
いつもの、滅びた都市の光景では無い。それもそのはず。この場所は、崩壊した都市の巨大ビル、その屋上に存在するヘリポートらしき場所だからだ。
高所故に、不定期に突風が吹き抜ける。しかし、その突風は都市部に特有の、ぬるく、排ガスとコンクリートと、アスファルトと人の匂いが混じった風では無い。まるで、開けた高原を吹き抜けるような、さわやかで、冷たい風だった。
深呼吸して、周囲を見渡す。冷たい空気が肺を満たす。この都市群の中で一番高いビルの屋上。都市の終わる場所まで一望でき、遠くには頂上が白く染まった山脈が見える。一際大きな山は、「偽富士」と、探索者達の間で呼ばれている。
不意に、気配を感じた。
正面、ヘリポートの中心に、それはいた。
影だ。しかし、彷徨う影とは明らかに違う。輪郭がハッキリとしているのだ。男性、であることがわかる。がっしりとした体格、髪は短髪。しかし、顔だけは黒く塗りつぶされており、その表情を読み取ることは出来ない。
「あなたが、シャドウ・ファイターさん?」
『…。』
僕はゆっくりと近づいた。反応は無い。しかし、嫌な予感がする。
『…ル。』
「…え?」
声が聞こえた。
『…モル。』
風が、吹いている。
『…マモル。』
ごうごうと吹く風の中。それは確かに、“守る”と言った。
そして、その“男”は、ゆっくりと拳を構えた。
「あー、やっぱり戦う感じですよね…?」
僕は両腕を、刃に変化させた。その瞬間、シャドウ・ファイターが滑るようにして、僕の懐に入り込んできた。
速い。が、見える。
アッパーブロー。からの、連打。拳だけで無く、目を狙った突きや掌底、蹴りまでも織り交ぜた技の数々。
これが、シャドウ・ファイターの名の由来か。その技のすべてが、洗練されていた。しかし、僕には通じない。すべて見えているし、すべて対応できる。
躱し、躱し。受ける。
躱し蹴れない攻撃のみ、受け流していく。
「ねぇ、君は何を守っているの?」
僕には、会話する余裕まであった。そう、このシャドウ・ファイターというボスは、決して強いボスではない。
確かに、ボスとしては普通くらいの強さだが、世に存在する数々の“中級ダンジョンのボス”の中では、かなり弱い方だ。
そもそも、このシャドウ・ファイターは近接格闘攻撃しか放ってこない。威力はそこそこあるし、普通に目とか狙ってくるから危険ではあるんだけど、それだけだ。
レベル20もあれば、ある程度余裕を持って倒せる。それが、世間の評価だ。それに、実際に僕も戦ってみて、この評価は正しいと思う。
『マ、モル。マモル。コンド、コソ。』
「うーん、会話は成立しない、か。」
攻撃を受け続けて分かったことだが、このシャドウ・ファイター。動きが機械的すぎるんだ。同じようなパターンでしか攻撃してこない。
確かに、一撃一撃の威力はなかなかある。一般的な体格の探索者が正面から受け止めれば、数メートルは吹き飛びそうな威力だ。
でも、それだけだ。僕には通用しない。
僕は後方に飛び退いた。両足を前後に開き、刃化した両腕を元に戻した。
「さぁ、来いッ!」
シャドウ・ファイターが飛び込んでくる。
速い。速度を乗せた、渾身の一撃が来る。
バシィイイインッ!
僕はそれを、真正面から受け止めた。
僕の足下から、後方に向かってビキバキと亀裂が走った。
僕は両足を不定形にしたあと、杭のような形に変形させ、地面に突き刺していた。僕の筋力はスキルによって底上げされている。故に、シャドウ・ファイターの全力の一撃を真正面から受けとめても、びくともしなかった。
「ねぇ、教えてくれないかな。君は何を、何から守っているの? この場所で、何があったの?」
『…マモル。ヤツ、カラ。マモル、ンダ。』
奴…? 気になる単語が飛び出してきた。しかし、その後の回答も要領が得られなかった。あまりにも、情報が少なすぎる。
「ごめんね、シャドウ・ファイター君。」
故に、僕は。
ズバァンッ
シャドウ・ファイターを、真っ二つに斬り裂いた。
上下に断たれた影が、空に手を伸ばしながら消えていく。
『アア、マタ、マモレナカッタ…。』
「また…? え、どういう…!」
すでに、シャドウ・ファイターはいなかった。そして、僕にとって初めての現象が起きた。
「スキルが、獲得できない…?」
作者のおしり炒飯と申します。
どうぞよろしくお願いいたします。
本作、カクヨム様にて、先行公開しております。
続きが気になりましたら、ぜひ下記よりご覧ください。
https://kakuyomu.jp/works/822139844400383614




