第28話 『殺すぞ、ニンゲン』
『長時間にわたってご視聴いただき、ありがとうございました! ばいばーい!』
「…ふぅ。やれやれ、とんでもない配信者がいたものだ。」
探索者ギルド都内統括本部。統括部長である岩崎は、モンゴローの配信を見終わると深くため息をついて、目頭を揉んだ。
「失礼します。」
「入ってくれ。」
ノックの音。入室してきたのは、一人の女性であった。長い黒髪は丁寧にセットされ、銀縁の三角形に近い眼鏡は、ピリッとした印象を与える。
「お呼びでしょうか、岩崎部長。」
「こんな時間にすまないね、桜井君。」
桜井、と呼ばれた女性は中指でメガネをクイッと押し上げた。
「いえ、これも仕事ですから。」
「以前調査を任せた例の探索者、どこまで分かっている?」
「申し訳ございません。当該探索者について、ギルドへの登録情報は判明しているのですが、それ以外のことについてはまだ、なにも。」
「そうか。先ほど彼、モンゴローくん、だったかな。彼の配信を見ていたのだが、間違いなく新種スキル、それも極めて有用なスキルだと判断した。信じられるか? 当たり前のようにモンスターと会話して、つい先ほどまで炊き出しと称して、あの彷徨う影達に魔力を配りながら握手していたんだよ?」
「ちょっと何を仰っているのか分かりかねます。」
桜井は首をかしげた。
「あ、ああ、うん、そうだよね。そうなるよね。で、だ。本題なのだが、桜井君には彼、モンゴロー君に接触してもらいたい。」
「接触、ですか。」
「ああ。彼のスキルに目をつけた、よからぬ輩がいるかもしれない。ギルドとしても、彼のスキルについて詳細を把握しておく必要がある。あまり刺激しすぎず、歩み寄るような形で穏便に接触し、あのスキルについて情報を集めてくれ。」
「承知しました。部長から見て、彼はどの程度の強さでしょうか?」
岩崎はうーむ、と唸ると、悩ましげに顎を触った。
「難しいところだ。過去の配信も目を通したが、モンスターと直接戦闘している場面は見当たらなかった。しかし、本人曰くすでに複数のスキルを所持しており、ゴブリンメイジの魔法を素手ではたきおとしたりしているところから、すでにレベル30程度はあるのかもしれない。」
「30、ですか。富士ダンジョンに挑んでいる探索者達と同レベル帯、つまり上級程度の能力を保持している、と。」
「そういうことになるね。だから桜井君も、念のため注意して欲しい。」
「承知しました。」
桜井はそう言うと頭を下げ、コツコツとヒールの音を響かせながら退出した。岩崎はおもむろにスマホを取り出すと、電話をかけ始めた。
「もしもし、私だ。」
「…岩崎殿でござるか。珍しい。」
「一つ、依頼を任せたいのだが。上級探索者である、君にしか頼めない依頼だ。」
「拙者、殺しは請け負わぬでござるよ?」
「い、いやいや、私をなんだと思っているんだ…。とある青年を監視してほしい。探索者の青年だ。ダンジョン内部まで尾行して、彼の活動を逐一報告して欲しい。データは後ほど送る。」
「…承知した。報酬はいつもの口座に振り込んでくだされ。」
「助かるよ。“ニンジャ”君。」
「フッ。大船に乗った気でいるとよいでござる。」
○
彷徨う影の炊き出し(?)配信を終えた僕は、屋台の片付けを終えて帰路についた。
ダンジョンを出た頃にはすでに朝日が顔を出しており、始発で帰って行く死んだ顔のサラリーマンと、これまた死んだ顔で出勤していく死んだ顔のサラリーマンが目に入る。
「うわ~、みんな大変そうだなぁ。」
そんなことを思いながら、僕は優雅にシャワーを浴び、サウナで気絶しかけ、水風呂で完璧に整ってから、ギルドを後にした。
いや、後にしようとした。
「あれ、守野君? 守野君だよね?」
「え、えーっと、佐伯さん?」
そこにいたのは、佐伯コハル。高校時代の、同級生だった。クラスではいわゆる“一軍”だった女子だ。ほとんど話したこともない。
「偶然だね! もしかして守野君、探索者になったの?」
「う、うん。そうなんだ。佐伯さんは?」
「私、実はここで事務のバイトしてるの。あ、良かったらカフェでちょっと話さない?」
疲れてるんだけどなぁ。僕はイヤイヤながらも断ることが出来ず、半ば強制的にギルド併設のカフェへと連行された。
○
「守野君、おごってくれてありがとう!」
「い、いや、いいよ。気にしないで…。」
君が「今月ピンチ」とか言って奢ってアピールしてきたんじゃ無いか…。佐伯さんはおいしそうにパフェを頬張っている。対する僕は、アイスコーヒーのみ。はぁ、面倒くさいなぁ。早く帰ってゆっくり寝たい…。
「守野君、探索者になったんだね。受験とか就活はしなかったの?」
「うん。元々探索者になりたかったから。」
「ふーん、そうなんだ。」
佐伯さんは僕をじとっと見つめながら、パフェを咀嚼している。佐伯さんはクラスでもかわいいほうだったし、社会に出たことでより一層、そのかわいさには磨きがかかっているように見える。そりゃそうか、高校では化粧とかも禁止だったし。
まぁ、僕にとっては興味ないけど。
「守野君さぁ、探索者なんて辞めた方が良いよ。」
「…え?」
突然の発言に、僕は思わず佐伯さんを見つめてしまった。
「私まだここで一ヶ月しか働いてないけど、いろいろ知っちゃったんだよね~。この一ヶ月で何回も大けがして運ばれていった人とか見てるし。なんか探索者の人ってみんなギラギラしてて、血とかで汚れて汚くてさ。」
じ、じゃあなんでここで働いてんの…。
「最初はね? 有名な探索者の人とお近づきになれたらいいな~なんて思ってたの。テレビに出てる有名な配信者さんとか、“パステル☆ナイツ”のメンバーとか! キラキラしてて、魔法一つで醜いモンスターを消し飛ばす! かっこいいし、ワンチャンお付き合いできたらな~なんて。…でも、現実はそんなんじゃなかった。みんな血と汗にまみれて、命がけでお金稼いでるだけ。ほんと、私からしてみれば意味わかんない。安全な仕事なんていくらでもあるのに、わざわざ命がけで汚いダンジョンなんかに潜ってさ。バカみたい!」
佐伯さんは鼻で笑うと、紅茶を口へ運んだ。
嫌なら辞めればいいじゃん…。そもそも、探索者やってる人は君とは価値観が違うんだから、当たり前じゃないか。
「おまけに、けが人が増えれば私の仕事も増えるし。昨日も血まみれの探索者のおっさんが運ばれてきて、服に血が飛んできたの! マジで最悪でさ~。ほんと、意味わからないんだよね。」
それが君の仕事なんじゃないの。この時間、いつまで続くんだろう…。
「だから守野君も、探索者なんて辞めた方が良いよ? 死んじゃうかもしれないんだよ? それに、痛いし汚いし最悪だよ。」
「えっと、僕は探索者を続けるよ。夢だったんだ、ずっと。それに今、すっごく楽しいし。」
ゴトッ
佐伯さんが、強くマグカップを置いた音だ。
雰囲気が変わり、じろっと睨めつけるような目で僕を見た。
「え、なんで分かってくれないの? 私、心配してあげてるんだけど。」
「いや、それは佐伯さんの主観でしょ? 僕は探索者しててすごく楽しいし、それに…。いや、なんでもない。」
「え、何? バカにしてる?」
「い、いや、バカになんてしてないよ…。」
「はぁ、呆れた。そんなんだから、守野君はずっといじめられてたんじゃない?」
…何だと?
「せっかく私が心配してあげてるのに、まさかここまで話を聞いてくれないなんて思わなかった。守野君が怪我して搬送されても、手続きするの私なんだけど? はぁ、これだから探索者とか言う人は――。」
半笑いで、バカにしたような目つきで僕を見るこの女。
「お前に何が分かるんだよ。」
「…は? 今、お前って言った?」
「お前だよ。お前以外、いねぇだろうが。」
ビシィッ
それは、僕が手に持つコップに亀裂が入る音だった。
「さっきから黙って聞いていれば、何様のつもりだ? お前。一方的に意見押しつけて気持ちよくなりやがって。探索者をバカにしてるのは、お前だろうが。それに――。」
僕は、ゆっくりと立ち上がった。無意識のうちに、体から濃密な魔力が垂れ流される。照明がビカビカと明滅し、消えた。薄暗くなった店内は、不自然なほど静かで。
「心配してあげてる、だと?」
その場の全員が、恐怖で動けなかった。僕が、俺が、この場を完全に支配していた。テーブルやドア、窓が、ガタガタと音を立てて震えている。
いや、人間も。この場にいる、俺以外の全てが、すべてが、ガタガタと震えていたんだ。
「ならお前は、お前は――。」
バリィンッ!
すべての窓ガラスが、はじけ飛んだ。
ガタガタと震える佐伯の耳元で、僕は囁いた。
「お前は、僕がいじめられている時も、心の底から心配していたのか?」
佐伯の首筋に、汗が伝った。
違う。違う。
こいつは心配なんてしていなかった。
こいつは、ただ、見ていただけだ。さっきまでと同じような表情で。
みじめな俺を見て、ニヤニヤと、愉悦を感じていただけだ。
「二度と、俺の前に現れるな。不快なんだよ。次、俺の前で偉そうにべらべらとその減らず口をたたいてみろ。そのときには――。」
『殺すぞ、ニンゲン。』
作者のおしり炒飯と申します。
どうぞよろしくお願いいたします。
本作、カクヨム様にて、先行公開しております。
続きが気になりましたら、ぜひ下記よりご覧ください。
https://kakuyomu.jp/works/822139844400383614




