SS 月を代わってお仕置きじゃ!
第二章完結記念のSSです。
高松兄妹...なむさん。
「お会計、6,280万円になります。」
「ぐっ!? …カ、カードで。」
高え、高すぎんだろ! 命があるだけマシではあるが、まさかこんだけ高いとは思わなかったぜ。
モンスター・Xと遭遇した俺とルナは、瀕死の状態で救助された。ぐちゃぐちゃの状態で突然ダンジョンゲートから現れて、緊急搬送されたらしい。誰が助けてくれたのか、あのケガからどうやって生き残ったのか、記憶は残っていない。
ただ、俺にたった一つ遺された大切なもの。妹のルナが無事だったことだけが、うれしかった。
「それから、念のためお伝えしておきます。現在お二人は富士ダンジョン探索資格を剥奪されております。ギルド施設の利用は可能ですが、富士ダンジョンへのエントリは出来ませんので、ご了承ください。」
「…わかってるよ。んじゃ、世話になった。行くぞ、ルナ。」
「…。」
○
病院を出ると、冷たい空気が鼻腔を貫いた。ツーンとした感覚に眉をしかめる。後ろからは、ルナが無言で着いてくる。
「はぁ。色々やらかしちまったなぁ…。まぁ、生きてるだけ儲けもんか。なぁ? ルナ。」
「…お兄様は。」
「ん?」
「お兄様は、悔しくありませんの…?」
「悔しいって?」
ルナがようやく、俺の目をまっすぐに見つめた。
「モンスター・Xに、手も足も出なくてっ!」
ルナの体は、震えていた。怒りからなのか、悔しさからなのか。寒さからではないことは、その表情を見れば分かる。でも。
「なぁ、ルナ。俺、分からなくなっちまったんだ。」
あの瞬間。ルナに、Xの拳が振るわれた瞬間。強くなるとか、強さを証明するとか。そんなもん、どうでもよくなっちまった。
「俺は、ルナが無事ならそれで――。」
「よくないですのッッ!」
周囲を歩く人々がギョッとした様子でこちらを見た。
「私は、私たちは、お母様のためにも強さを証明しないといけませんのッ! あんな、あんな無様な負け姿をさらしたまま、終われませんのッ!」
俺たちがXに敗北した様子は、全国に配信されていた。今では無許可の切り抜き動画まで作成され、パステル☆ナイツと同様に負け犬扱いだ。
「…ルナは、絶対許しませんの。アイツを、モンスター・Xを、必ずこの手で殺してみせますのッ!」
ルナの目には、危険な光が宿っていた。
…無理だ。少なくとも、今の俺たちでは逆立ちしたって太刀打ちできない。そもそもアレは、次元が違うような存在だ。
「今からでもあいつを探し出してやりますの。今度は最初から油断しない、ありとあらゆるポーションも、マジックアイテムも、用意できるものすべてを用意してあいつを殺しますの。そう、最悪違法探索者を盾にしてでも――。」
「ひょっひょっひょ。どうやら、妹さんのほうはまったく懲りてないと見えるの。」
ッ!? なんだ、このジジイ!? いつの間に俺の背後に!?
背後にいたのは、その辺にいそうな爺さんだった。高級そうな薄手のコートに、山高帽を被っている。右手に持つ杖は何かの木、いや、骨…? のようなもので出来ている。
「…なんですの、あなた。」
「オイラか? オイラは、そうじゃの。ただの通りすがりのお節介焼き爺さんじゃ。そこの嬢ちゃん、何やら不穏なことを口走っていたの?」
「あなたには、関係ありませんの。とっととどこかへ消え失せて欲しいの。」
なんだ、この感覚。デジャヴ、か?
何故か、嫌な予感がする。そうまるで、モンスター・Xを前にしたときのような…。
「ひょっひょっひょ! 関係ない、か。まぁよい。ちみたち、どうせ退院直後で暇じゃろ? ちょっと着いてきなさい。」
「あ、おい爺さん! どこ行くんだよ!」
謎の爺さんはスタスタと歩いて行く。ルナが目に苛立ちを乗せながら、その後を追っていく。いかん、殺気が漏れている。今のルナは何をするか分からない。
俺も急いで後を追う。ん? そういえばあの爺さん、なんで俺たちが退院したばかりだて知ってたんだ…?
○
「ここは、修練場…?」
爺さんの後を追ってたどり着いたのは、ギルドの修練場だった。体育館のような見た目だが、この場所はダンジョンからもたらされた最高技術をおしげなく使用されて作られた場所だ。
一切の継ぎ目も見えない白色の床は、傷などができても自動的に再生するらしい。どういう仕組みで、なんの素材を使っているんだ…?
「利用申請は済ませておるから、安心せい。」
「あははっ! 何をするつもりか知らないけど、まさかルナたちと模擬戦でもしようっていうの?」
ルナが嘲笑した。隠すつもりも無いのか、周囲が小刻みに揺れるほどの殺気と魔力を振りまいている。
「おい爺さん、無駄な挑発はやめてくれねえか? 俺たちは攻略組の探索者だ。あんたじゃ逆立ちしたって勝てねえよ。」
「ひょっひょっひょ。やんちゃ坊主が生意気な口をききおってからに。」
「…なんだと?」
さすがの俺も、これにはイラついちまうぜ。
「もう、うぜーですの。ジジイ、今すぐ土下座したら許してやるの。」
「あーん? なんて言ったかの? 最近耳が遠くてな、よう聞こえんかったわい。…お嬢ちゃんがオイラに土下座するのか? おひょっ♡ それはなんというか、背徳的な――。」
「死ね、変態クソジジイ。――<月牙>。」
なっ!?
「よせ、ルナッ!!」
三日月型に発光する牙が二つ、爺さんに襲いかかる。まずい、あの爺さん死んじまうぞ!
「なんじゃこれ、月餅かの?」
「…は?」
いつの間にか“コートと帽子を脱いだ”爺さんが、片手ではらうようにして<月牙>を消滅させた。
な、なんだ。何が起きた…?
「調子に乗るんじゃねえですの、クソジジイッ! 出でよ、月杵ッ!」
ルナの右手に、銀色に輝くハンマーのような物が現れた。それはルナのサブウェポンである巨大な杵、月杵だ。ルナの魔力に反応して、薄ぼんやりと発光している。
ふわりと、重力を感じさせない動きでルナが跳躍した。大上段に振りかぶった月杵に魔力が集約する。
まずい、あの技を放てば巨大なクレーターが出来上がってしまう! それに、あの爺さんでも無傷では済まないッ!
「やめろ、ルナッ! 本当に殺しちまうぞ!」
「最初から殺すつもりですのッッ! 潰れろ、<ルナ・クレート>ッ!」
「やれやれ。――<脱衣>。」
炸裂、轟音。爆風が巻き起こり、咄嗟に魔力で全身を覆った。腕の隙間から様子を窺うと、信じられない光景が広がっていた。
「はぁ…。こりゃあ、“仕置き決定”じゃ。」
「う、嘘、なの…。」
「じ、爺さん、あんた…!」
真っ白なパンツ一丁になった爺さんが、片腕で月杵を受け止めていた。その姿には、見覚えがある。
「パンイチ、じーさん…!」
ブオンッ
片手で鷲づかみにされた月杵ごと、ルナが投げ飛ばされた。
「くっ…! まさか、パンイチじーさんだとは思わなかったの。でも、それがなんなの? 年寄り一匹くらい、ルナ・トーンが無くたって簡単に」
「黙れ、ガキンチョ。お前はやりすぎ、危険極まりない。故に…。」
目の前の貧相な爺さんから、怖じ気を感じるほどの魔力が噴出した。
「お仕置きの時間じゃ…♡」
ぬるりと動き出したじいさん、その姿は一瞬でかき消えた。しかし、遠目だったからこそ気づくことが出来た。
「ルナ、後ろだァーーーッ!!!」
「ッ!?」
ルナが慌てたように背後を振り返る。しかし。
「遅い、遅すぎる…。」
速い、速すぎる。加速した時の中で、知覚だけが限界を超えてその光景を理解していた。
パンイチじーさんの拳が、ルナに迫る。それはモンスター・Xの拳と遜色ない威力を内包しているようで。
「ルナァーーーッ!」
あのときと同じように、<かばう>を発動。
しようと、した。
しかし、それは不発に終わった。
「―――<黄金水着の呪い(カースド・ゴールデンビキニ)><うさちゃんの呪い(カースド・ラビット)>。」
パンイチじーさんは悍ましい魔力を纏った両の拳をほどき、そっと、ルナの肩に触れた。その瞬間、じーさんの恐るべきスキルが発動した。それは直接的な攻撃ではなく、デバフや呪いの一種だった。故に、<かばう>は不発に終わったのだ。
「…え? な、何が起こったんですの…?」
混乱するルナ。しかし、俺は見えていた。
「ル、ルナ、お前、その格好は…!」
ルナは自分の体に目線を落とした。そこにあったのは、まばゆい光を放つ、黄金の下着姿。あまりの輝きに、服の上からでもその形がはっきりと分かる。そして、耳と尻尾。うさぎのような耳と、ふりふりの丸い尻尾が生えていた。
「ひっ…! な、なんですの、これ…?」
「それは呪い、そして戒めじゃ。オイラがこの呪いを解除しない限り、お前さんが着るすべての下着はゴールデンビキニへと変化する。また、その下着は常に強力な光を放ち続け、他の装備を透過するのじゃ。うさちゃんの呪いはオマケ、オイラからのサービスよ。解除する方法はただ一つ、オイラの体に手を触れ、こう言うのじゃ。―――“やーん♡ 変態おじさん、捕まえたピョン♡”と。」
ぞわり。その悍ましすぎる内容に、俺は背筋が凍り付いた。
「んじゃ、そゆことで。またどこかで会うとしよう! さらばじゃ!」
「え、あ、ま、待つのっ…!」
すでに、パンイチじーさんの姿はどこにも無く。魔力の痕跡すら、一切残っていなかった。
「い、いや…いやぁあああああああああああああああっっ!!!」
ルナの絶叫が響き渡り、そのまま崩れ落ちた。
「ッ! ルナ!」
慌てて駆け寄ると、ルナはショックのあまり白目を剥いて気絶していた。
「くそ…くそ…!」
俺は、ルナを守ることが出来なかった。いや違う、ルナを止めることが出来なかった。俺がルナを止めていれば、こんなことにはならなかったんだ。俺が兄貴として、もっとしっかりしていれば。
「ルナ、ごめん…。俺も背負う、その呪いは、俺も一緒に背負っていくから…!」
例えお前が、金ビキニのバニーガールになってしまっても。
俺は、俺だけは、お前の味方だからな。




