二十七、信者を増やしたら居場所がバレました
ジョニーはフレイヤの説明を聞き、目的の村で何か異変が起きていることは理解していた。しかし、トールの神々しい威圧感と、フレイヤの不思議と安心感を与える言葉に背中を押され、馬車をゆっくりと村へ進めていった。
遠くには立ち上る土煙と混乱する人影が見える。
村人たちの悲鳴。金属武器がぶつかり合う音。獣人たちの荒々しい咆哮。
それらが混ざり合い、不吉な交響曲を奏でていた。
「まさか……この村まで襲撃されているの? しかも獣人に?」
フレイヤの胸に、さらなる疑念が湧き上がる。
その頃には、トールはすでに戦場へ飛び込んでいた。
大地を揺らす轟音と共に響くのは、まるで戦鼓のような力強い声。
「女神の栄光の光は、邪悪が民を傷つけることを決して許さないッ!!」
トールは一切ためらうことなく獣人の群れへ突撃した。
ピンク色のハート型魔法ステッキを振り回しながら、女神の栄光を高らかに歌い上げる。
獣人はゴブリンとは違う。
人間に近い体格を持ちながら、はるかに強靭な肉体を備えた亜人種だ。
知能は人間よりやや劣ることが多いが、それがかえって厄介だった。
命令を理解できる程度には賢い。
しかし、危険を察して逃げ出すほど賢くはない。
だからこそ、戦場では非常にしぶとい。
ましてや、訓練された戦士を失った村など、彼らにとっては屠られるだけの羊の群れでしかない。
「女神を讃えよッ!!」
トールは一歩一歩を力強く踏みしめる。
振るわれる魔法ステッキは雷鳴のような轟きを伴い、閃光となって獣人たちを吹き飛ばした。
獣人の悲鳴と武器の衝突音が響き渡る。
家の陰に隠れる者。
地面に倒れ込む者。
村人たちの目には恐怖が宿っていたが、トールの叫びを聞くたびに、そこへ少しずつ希望の光が灯り始めていた。
フレイヤは少し離れた場所から冷静に戦況を観察する。
村には最低限の防御設備こそあったが、見張りも守備兵も見当たらない。
獣人たちがここまで容易く侵入できるものなのか。
彼女の胸に疑問が浮かぶ。
――アレスは何を企んでいるの?
――どんな攻勢を仕掛けるつもりなら、自分の信徒や村をここまで危険に晒せるというの?
「おかしい……理屈に合わないわ。トールが人々を救えているということは、アレスは信仰資源を守ろうとしていない……?」
フレイヤは気づいていなかった。
いつの間にか、自分自身もまた信仰を「資源」として考えるようになっていることに。
獣人たちは勇猛だったが、それでもトールには敵わなかった。
魔法ステッキの攻撃は致命傷よりも激しい痛みを与える。
その苦痛によって獣人たちの戦意は崩壊し、撤退する頃には「なんだあの異常な戦士は……」という表情を浮かべていた。
「神使様だ!」
「戦神の化身!」
「栄光なる女神よ!」
獣人たちが退却すると、村人たちは次々にトールへ跪いた。
フレイヤは小さくため息をつく。
信仰の力に包まれていくトールを見るたびに、不安は強くなるばかりだった。
少女の悲鳴よりも戦場を優先するほど、彼は変わり始めている。
力は増した。
村人も守れた。
だが同時に、彼は本物の「戦神の化身」へと近づいている。
「トール……彼らを救ったのなら、村の復興も手伝ってあげて?」
フレイヤは静かに問いかける。
穏やかな口調だったが、その声には逆らえない強さがあった。
「おう! もちろんだ!」
トールは一瞬だけ迷った。
戦うか、助けるか。
その天秤がほんのわずかに揺れたのを、フレイヤは見逃さなかった。
彼女は内心で苦笑する。
アレスの戦略はすでに始まっている。
ならば、自分は気づかれないまま情報を集め、主導権を握らなければならない。
「少なくとも……信徒たちは今は安全ね」
瓦礫の片付けを始めたトールと村人たちを見ながら、フレイヤは静かに頷いた。
*
旅は続いた。
フレイヤたちは馬車と共に、二つ、三つと襲撃を受けた村を通り過ぎていく。
そのたびに彼女は周囲を観察した。
村人たちの様子。
戦闘の痕跡。
そして胸の奥に引っかかる、あの妙な違和感。
どうしても消えない。
同じ頃、ジョニーもまた奇妙さを感じていた。
村が襲われる頻度が高すぎる。
しかも相手は決まって怪物の集団だ。
そのせいで彼は思わず考えてしまう。
――この二人と出会ってからロクなことがない。
――もしかして疫病神なんじゃないか?
トールに命を救われたのは事実だ。
だが、もし最初からトールが現れなければ、そもそも何も起きなかったのではないか。
フレイヤはジョニーの不安を察していた。
しかし説明はしない。
心の中で小さく呟くだけだった。
(今は……一歩ずつ進むしかないわね)
そして彼らは四つ目の村へ到着する。
そこだけは襲撃を受けていなかった。
村人たちの顔から笑顔は消えていたが、それでも黙々と働いている。
フレイヤは《兵法領域》を発動し、周囲をより詳細に分析した。
馬車が村へ入った瞬間。
外壁の木門が静かに閉じられる。
小さな音だった。
だがフレイヤの胸に警戒が走る。
重苦しい空気の中でも、トールは相変わらずだった。
暇そうな村人を見つけては教義を語り、《純潔》聖典をどこからともなく取り出して押し付けている。
「ちょ、ちょっと待って……その日記、どこから出してるのよ……」
フレイヤは今まで必死に日記を処分しようとしていた。
しかしなぜかトールは無限に持っている。
《兵法領域》が答えを導いた。
――聖典創造の神術。
その時だった。
村人と話していたジョニーが突然腕を掴まれる。
次の瞬間。
ざわっ――。
草むら。
家屋の裏。
至る所から黒と紅の鎧を纏った戦士たちが影のように現れた。
数十人。
あっという間に包囲網が完成する。
フレイヤの瞳が大きく見開かれた。
(どうして……!?)
彼女はずっと慎重に行動してきた。
居場所を悟られないよう細心の注意を払っていたはずだ。
それなのに。
なぜ待ち伏せされている?
「戦神の名において宣言する!」
力強い声が響く。
「――見つけたぞ!」
ゲイルが姿を現した。
「いつから……? そんな……あり得ない……」
フレイヤが呟いた瞬間。
脳裏に一筋の閃きが走る。
理解してしまった。
村を出るたびに、トールは《純潔》聖典を配っていた。
そして大声で布教していた。
一見すれば善意の行動。
だが実際には違う。
その聖典の流通こそが、アレスへの信仰の流れを断ち切っていたのだ。
村人たちの信仰は戦神へ戻らず、トールへ流れていく。
そして聖典の痕跡を辿れば――。
ゲイル軍は彼らの進路を正確に予測できる。
「私は……トールの力を少しずつ知らしめて、信仰の種を蒔くつもりだったのに……」
フレイヤは唇を噛む。
完全な戦略ミスだった。
だが。
トールだけは違った。
ゲイルを見た瞬間。
罠にはめられた怒りではなく。
それ以上に大きな歓喜が目に宿る。
戦いへの渇望。
闘争への高揚。
彼は狂信的な笑みを浮かべて叫んだ。
「純潔の女神の使徒は、隠れも逃げもしない!」
「正面から迎え撃つのみだ!」
「栄光は我が身に流れ、すべての者を女神の聖光で包み込むッ!!」




