二十、聖盾でぶん殴れ!?
鉄葉村の広場は、完全に血と炎の戦場へと変貌していた。
村人たちは「純潔と戦争! 敵を浄化せよ!!」と叫びながら、ガイル率いる黒紅の戦甲軍団と激しく衝突している。
純潔信仰の白光。
戦争領域の血焔。
二つの力が激突し、混ざり合い、暴走した結果――そこには奇怪な新たな神術が誕生していた。
その名は――
《聖戦術》。
村人も戦士も、瞳に狂熱の聖光を宿し、死を恐れぬまま互いを斬り合う。
剣戟。
怒号。
悲鳴。
それらが渾然一体となり、まるで終末戦争のような光景を作り上げていた。
戦場の端に立つフレイヤは、髪に飾られた黒百合が小刻みに震えているのを感じる。
そこから滲み出るのは、復讐と暴力の気配だった。
「聖戦術ぅ!? なによそれぇ!? なんで純潔と戦争が融合してるのよぉ!!」
フレイヤは顔を引きつらせながら絶叫した。
だが戦場では、トールが桃色のハート型魔法杖を振り回しながら、高らかに叫んでいる。
「これぞ聖典の導き! 純潔の名の下に、敵を浄化するのだ!!」
銀白の光と血焔が激突する。
トールの一撃とガイルの巨剣がぶつかるたび、その衝撃はまるで合図のように《聖戦術》の狂熱をさらに増幅させていった。
「トール! このまま戦ったら、純潔領域が完全に戦争と融合しちゃうのよぉぉぉ!!」
フレイヤは神力を振り絞って止めようとする。
しかし、聖戦術は濁流のように広がり、村人も戦士も完全に理性を失っていた。
ガイルの笑みもまた、狂気を帯び始める。
「下級神よ……貴様の信仰は、すでに戦神の鉄血によって浄化された! 聖戦術こそが真なる力! すべては戦へ屈するのだ!!」
「もう止めなきゃ……! トールを止めて、“守る”方向へ向けないと……!」
フレイヤは目を閉じ、残された純潔の神力をかき集める。
そして両手を振るった。
「純潔の名において――武器変化!」
その瞬間。
トールの桃色ハート魔法杖が、眩い銀光に包まれる。
次の瞬間、それは巨大な聖盾へと姿を変えた。
盾の表面には、美しい羽翼紋章。
そこから放たれる光は暖かく、どこまでも優しい。
「トール! その盾で村人を守って! 純潔は殺すことじゃない! 守ることなの!!」
「盾……? 守る……?」
トールは呟きながら聖盾を見つめる。
そしてガイルの猛攻を受け止めながら、徐々に瞳へ理性の光が戻っていった。
やがて彼は大きく頷き、聖盾を高く掲げる。
ガイルの血焔の斬撃が火竜のように襲いかかる。
しかし――
銀光と血焔が正面衝突。
凄まじい衝撃が地面を裂き、ガイルを吹き飛ばした。
「ああっ! なるほど!! ついに完全理解したぞ!!」
トールが歓喜の声を上げる。
フレイヤはようやく安堵の息を漏らした。
「よ、よかった……やっと分かって――」
だが次の瞬間。
トールは満面の笑みで聖盾を両手持ちし、そのまま近くの戦士へ全力で叩きつけた。
ゴォンッ!!
鈍い轟音。
戦士は頭から地面へめり込み、そのまま気絶した。
トールは目を輝かせる。
「この盾、殴る効率がすごく高いぞ!! さすが女神の恩寵だ!!」
「違ぁぁぁぁう!! 効率って何よぉぉぉ!? それは武器じゃなくて盾ぇぇぇ!!」
フレイヤは絶望した。
戦場では、トールが聖盾を振り回し、左右へ戦士たちを吹き飛ばしていく。
もはや戦神そのものだった。
その圧倒的な姿に鼓舞され、村人たちの信仰はさらに暴走する。
大量の信仰の力がフレイヤへ流れ込む。
だがそこに混ざるのは、より濃密な戦争と狂信の気配だった。
「神威を盗む盗人め!! 代償を払え!!」
ガイルもまた、自身を守ることを捨てた。
血焔を噴き上げながら突進し、巨大剣を連続で叩き込む。
聖盾と巨剣が激突するたび、火花が嵐のように散った。
そして《聖戦術》の狂熱は、双方をさらに凶暴化させていく。
フレイヤはその光景を見ながら、唇を噛み締めた。
(聖戦術は、純潔と戦争の病的な融合……! トールとガイルの衝突が、さらに悪化させてる……! このままじゃ、本当に純潔が戦争と一体化しちゃう……!)
*
鉄葉村の広場は、もはや完全なる修羅場だった。
トールは銀光を放つ聖盾を掲げ、純潔の狂戦士神のように暴れ回る。
その一撃一撃は神聖な奔流を巻き起こし、黒紅の戦士たちを次々と吹き飛ばしていった。
「フレイヤ女神の名において――純潔の聖盾が、すべてを浄化する!!」
盾が振り下ろされるたび、大地を揺らす轟音が響く。
その光景を見た村人たちは、狂ったように熱狂した。
「聖使様だ!!」
「戦神の化身!!」
「純潔の戦いの光だぁぁぁ!!」
信仰の力は決壊した洪水のように流れ出す。
しかし今度は、フレイヤではなく――トールへと集中していた。
彼の身体へ莫大な神威が流れ込み、その存在感は際限なく膨れ上がっていく。
動きは雷光のように速くなり、聖盾の一撃一撃が破滅的な威力を帯び始めた。
トール本人はまるで気づいていない。
自分こそが《聖戦術》の中心核となり、純潔と戦争の異形融合を加速させていることに。
「アレスよ! 永遠なれ!!」
黒紅軍団の咆哮が、ガイルへさらなる戦神加護を与える。
血焔の巨剣もさらに燃え上がった。
だが――
トールと正面衝突するたび、ガイルの気勢は削がれていく。
脳裏によぎるのは、あの洞窟で味わった敗北の恐怖。
聖盾の轟音とトールの狂暴な猛進が、その記憶を無慈悲に抉り返していた。
「くそっ……この暴徒がァァァ!!」
ガイルは怒号と共にさらに血焔を噴き上げる。
恐怖を狂熱で塗り潰そうとしていた。
彼は跳躍し、巨大剣を全力で振り下ろす。
だがトールは一切動じない。
真正面から聖盾で激突した。
轟音。
火花。
衝撃。
大地に無数の亀裂が走る。
しかし、ガイルは何度攻めてもトールの防御を突破できない。
逆に押し返され続けていた。
巨剣と聖盾がぶつかる音は、まるで戦鼓。
あるいは終焉を告げる警鐘。
その音は双方の戦士をさらに狂わせ、死を恐れぬ戦いへ駆り立てていく。
だが恩恵をより強く受けていたのは、明らかにトール側だった。
戦況は徐々に傾いていく。
トールはガイルを押し返しながら、周囲の兵士までも片っ端から吹き飛ばしていった。
数では黒紅軍団が優勢。
それでも、たった一人のトールによって前線が崩壊していく。
ガイルは悟った。
この男は、底なしの体力を持つ怪物だと。
このままでは敗北は時間の問題。
だからこそ――
最後の力を振り絞り、極限の暴力で押し切るしかない。
ガイルは咆哮を上げ、トールへ突撃した。
そして二人は同時に叫ぶ。
「戦神の名においてぇぇぇぇ!!」
「純潔の名においてぇぇぇぇ!!」
次の瞬間――
轟ッッッッ!!!!
天地を裂くような爆音。
聖盾は銀光となって砕け散り、巨剣は黒紅の破片へと崩壊した。
《聖戦術》を支えていた力も、一気に瓦解する。
狂熱の奔流は、潮が引くように消えていった。
村人も戦士も、その場へ崩れ落ちる。
瞳から狂信の光が消え失せ、代わりに襲ってきたのは、全身を蝕む激痛だった。
苦悶。
呻き。
悲鳴。
敵味方の区別なく、広場へ響き渡る。
ガイルは膝をつき、血を吐きながらトールを睨んだ。
「貴様は……純潔の聖使などではない……貴様は――戦神の影だ……!」
戦甲は砕け、口元から血が滴っている。
それでも彼は無理やり立ち上がった。
「覚えておけ……これは始まりに過ぎん……! 純潔と戦神、その全面戦争のな!!」
そう叫ぶと、ガイルは軍へ撤退命令を下す。
黒紅軍団はさすが訓練された兵士たちだった。
満身創痍の状態でも即座に撤退行動へ移り、ガイルを守りながら潮のように引いていく。
あとには、焼け焦げた大地と惨状だけが残された。
「勝利だ!! これぞ純潔と戦争の栄光!! 敵は浄化された!!」
広場中央で、トールが両腕を高く掲げる。
修道服はボロボロに裂け、その下の筋肉が露わになっていた。
「聖使様!!」
「戦神の化身!!」
「純潔よ永遠なれぇぇぇ!!」
村人たちは熱狂し、地に跪いて絶叫する。
「やばい……このバカ、本当に戦争の化身になってるぅぅぅ……! わたしの純潔信仰がぁぁぁ……!」
フレイヤは頭を抱えた。
しかも信仰の奔流は、ほとんどすべてトールへ流れている。
彼女は慌てて神力を集め、広場へ散らばった聖盾と巨剣の破片を一つずつ浄化していく。
これ以上、新たな怪聖典の種を残すわけにはいかなかった。
一方その頃。
トールはどこからともなく新たな《純潔》の聖典を取り出し、村人たちへ誇らしげに説教を始めていた。
「聖典にはこうある! “炎による浄化”こそ純潔の栄光だと!! 今回の勝利が、それを証明したのだ!!」
フレイヤは、その光景を呆然と見つめる。
構図だけ見れば、まるで神聖な宗教画。
だが耳に入ってくる教義内容は、相変わらず無茶苦茶だった。
「……まあ、トールが持ってるのが閲覧用なのか保存用なのか知らないけど……とりあえず一冊だけになったのは、不幸中の幸い……なのかなぁ……」
しかし、フレイヤの胸は重いままだった。
《聖戦領域》。
その誕生は、純潔信仰そのものを危機へ追い込んでいる。
そして狂信者トールは、少しずつ、確実に――
彼女を戦神アレスとの全面対決へ導いていた。
信徒:322
領域:幸運・純潔・復讐・暴力・狂信・戦争・聖戦
神術:水生成、武器変化、小治癒、幻影変化、花火術、精神安定、経典創造、聖戦術




