↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
18/35

十八、純潔なる筋肉賛歌

フレイヤは高台の上に立ち、うごめく村人たちを見下ろしていた。


火の灯りが彼女の小さな頬を赤く染める。しかし、その瞳には深い緊張が宿っていた。


――今夜のうちに、この熱狂を正さなければ。


純潔の信仰は完全に変質し、やがて“狂信”の領域へと堕ちてしまう。


「これより執り行う試練の名は――《純潔の舞》!」


幼い声でありながら、神としての威厳を帯びた響きが広場全体へ広がった。


「より多くの者を共に踊らせた者こそ、最も純粋な教義を持ち、人の心を真に動かした者と認めます!」


「おおおおおっ!!」


村人たちは一瞬で沸き立った。


歓声と拍手が夜空を揺らす。


狂信の少女は自信に満ちた笑みを浮かべ、広場の中央へ歩み出る。白いヴェールを纏い、『純潔』の聖典を胸に抱えたその姿は神々しい――だが、その瞳には狂気の炎が燃えていた。


「よろしいでしょう! ならば我が聖舞を捧げ、誰が正しき教義を示すのか決着をつけましょう!」


一方、トールは横で首を傾げていた。


「踊る? 栄光? 聖典に踊れなど書いてあっただろうか……?」


「黙ってなさい!」


フレイヤは小声で怒鳴る。


「今回は私が直々にやるの! あなたは見てなさい!」


彼女には自信があった。


純潔女神である彼女が、祭礼の舞において劣るはずがない。


かつて信徒たちが愛と美と豊穣を讃えるたび、彼女は舞った。


しなやかに。優雅に。


その舞は人々の疲れを癒やし、心を慰め、誰もが見惚れた。


信徒は少なくとも、皆が純粋で、自分が守りたい者たちだった。


だからこそ――。


今、この場で自分が舞えば、村人たちも本来の“純潔”を思い出すはずだと信じていた。


試練が始まる。


まず狂信の少女が踊り始めた。


重い太鼓が鳴り響き、鋭い笛の音が夜を裂く。


その舞は、もはや戦舞だった。


腕は炎のように振り回され、足音は雷鳴のように地を打つ。


白いヴェールを翻しながら、少女は聖典を朗々と唱えた。


「純潔とは裁き! 純潔とは浄化! 女神の炎はすべての穢れを焼き尽くす! 女神の威光を大地へ!!」


「純潔!」

「裁き!」

「罪人を浄化せよ!!」


村人たちは薪のように一瞬で燃え上がった。


狂熱的な拍手。

叫び声。

歓喜。


少女の舞は、人々の魂を燃える炎へ引きずり込もうとしているかのようだった。


広場全体が震えている。


火の光の中では、狂信の影が踊っていた。


しかもそこには、“暴力”と“復讐”の気配すら混ざっている。


フレイヤは静かにため息をついた。


――もう、この子はかなり深くまで踏み込んでしまっている。


もっと早く来られていたら。


だが今は、できる限り救うしかない。


そして、ついにフレイヤの番となった。


彼女は胸を張り、広場の中央へ歩き出す。


期待に満ちた視線が、自分へ集まっている。


その瞬間、彼女は昔の日々を思い出していた。


愛する信徒たちと共に歌い、笑い、豊穣を讃えた時間。


信徒は少なくても、皆が純粋だった。


だから守りたかった。


その想いに導かれるように、フレイヤは静かに両手を掲げる。


舞の始まり。


使命感が胸いっぱいに満ちていく。


まさか、こんな形で再び舞う日が来るとは思わなかった。


けれど――。


今、この迷える信徒たちを導けるのは、自分しかいない。


フレイヤは目を閉じる。


ゆっくりと腕を伸ばし、足を運び、優雅に舞い始めた。


広場は静まり返る。


太鼓も笛も止まっていた。


村人たちは息すら忘れ、真の女神による舞を見守っている――


……はずだった。


しかし。


それは崇敬ゆえの沈黙ではなかった。


ただ、皆が困惑していただけである。


フレイヤは忘れていた。


今の自分が、“ちんちくりんな幼女体型”だという残酷な現実を。


短い足でぴょこぴょこ跳ね、


ぷにっとした小さな身体が火の光の中で揺れる。


本人は優雅に舞っているつもりなのに、体格のせいで――


小さな手足をばたばたさせる、丸っこいアヒルのようにしか見えなかった。


村人たちはぽかんとした後、


一斉に吹き出した。


「か、可愛い……!」

「これが女神の聖舞!?」

「頑張れー!!」

「可愛い女神様に栄光をー!!」


「可愛くないわよぉぉぉ!!」


フレイヤは真っ赤になった。


羞恥で頭の中が花火大会状態である。


こんな反応は望んでいない。


彼女は慌ててトールを見る。


きっと彼も笑っている――そう思った。


しかし。


トールは真剣だった。


完全に真顔である。


しかも、やたら感動していた。


その目には、悟りを開いた者のような光が宿っている。


フレイヤの目が少し潤む。


――こんな馬鹿でも、こういう時だけは悪くないかも。


そう思った次の瞬間だった。


トールが勢いよく胸を叩いた。


「理解したぞ!!」


その瞳に狂信の炎が燃え上がる。


「これこそ聖典の真意! “歓喜をもって女神を讃えよ”!! ならば女神の使徒たる私も、舞を捧げよう!!」


「ちょ、ちょっと待ちなさい!!」


フレイヤは青ざめた。


自分の舞は失敗気味だったとはいえ、まだ“可愛い”で済んでいる。


だが、この筋肉ダルマが踊ったら絶対に大惨事だ。


しかし。


もう遅かった。


トールは大きく跳躍し、広場の中央へ降り立つ。


着地と同時に土煙が舞い上がる。


まるで舞台演出のようだった。


そして煙の中から、ゆっくり立ち上がる。


「ふんっ!!」


次の瞬間。


全身の筋肉が膨れ上がった。


ぴっちりしていた修道服が耐え切れず爆散する。


白い布片が花びらのように宙を舞った。


太鼓と笛は、まるでトールの筋肉に呼応するかのように激しく鳴り始める。


「純潔なる肉体を捧げよ!! 女神を讃えよ!! 純潔を讃えよ!!」


「何を理解したのよぉぉぉぉ!!」


吹き飛ばされたフレイヤが絶叫する。


「もう負け確定じゃないのぉぉぉ!!」


だがトールには届かない。


彼は完全に自分の世界へ入っていた。


片腕を引き絞る。

筋肉が盛り上がる。


両腕を交差させる。

胸筋が震える。


その一つ一つが、力と美を見せつけるための演出だった。


「純潔なる肉体!!」

「無垢!!」

「無畏!!」

「女神を讃えよ!!」


「違う違う違う!! やめなさいぃぃ!!」


だが。


トールの舞には、妙な魅力があった。


純粋で。

狂信的で。

そして、全力だった。


火の光を浴びた汗は聖水のように輝き、


鍛え抜かれた肉体は、生きた彫像のようだった。


村人たちは最初、沈黙していた。


だが次第に、その熱狂へ呑まれていく。


やがて誰かが真似を始めた。


「肉体は無垢!!」

「肉体は無畏!!」

「純潔よ永遠なれぇぇぇ!!」


歓声が爆発する。


村人たちはトールと完全にシンクロし始め、


一斉に筋肉ポーズを取り始めた。


信仰の力が津波のようにフレイヤへ流れ込む。


だが彼女の顔は微妙だった。


「……こ、こんな暑苦しい信仰、いらないんだけど……」


狂信の少女は青ざめていた。


トールの舞は、圧倒的だった。


村人たちは完全に彼と一体化している。


少女は悟る。


自分の敗北を。


「わ、私は……負けました……」


彼女は震える手で聖典を掲げる。


「神使様の舞こそ、純潔の真なる歓喜……。私は女神の教義を誤解していました……どうか、正しき道へ導いてください……」


フレイヤはぽかんとしていた。


何がどうなって勝ったのか、まったく理解できない。


それでも本能的に、差し出された聖典を受け取る。


視線を向ければ、トールはまだ舞台上で胸筋を震わせていた。


大理石像のような顔で無敵の笑みを浮かべながら。


村人たちは熱狂している。


まるで神話級の奇跡でも見たかのように。


「なんで勝てたのよぉぉぉ!? 意味わかんないんだけどぉぉぉ!!」


やがて舞を終えたトールが、満面の笑みでフレイヤの元へ戻ってくる。


「見ただろう? 私の聖舞こそ、純潔の真理を完璧に示したのだ!」


「それボディビル大会だから!!」


フレイヤは頭を抱えた。


だが同時に理解する。


トールの“狂信”と、村人たちの熱狂が奇妙な形で噛み合った結果――。


逆に“純粋な信仰”が呼び起こされてしまったのだ。


彼女は咳払いし、厳かな声で宣言した。


「皆さん! 神使の舞が示した通り、純潔とは“喜び”と“真心”から生まれるものです! 狂熱でも盲信でもありません! これからは正しき純潔の教えを胸に生きなさい!」


「おおおおおっ!!」


村人たちは声を揃えて応えた。


狂信の少女の瞳も、今は澄み切っている。


フレイヤは感じていた。


再び信仰の力が自分へ集まってくる。


神格はさらに安定していた。


しかし――。


頭の黒百合の髪飾りが、かすかに震える。


長剣の装飾が不吉な光を放ち、


狂信領域から生まれた仮面の紋章が、まるで彼女の勝利を嘲笑うかのように嗤っていた。


信徒:255

領域:幸運・純潔・復讐・暴力・狂信

神術:水生成、武器変化、小治癒、幻影変化、花火術、精神安定、経典創造

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。