十七、聖舞か、ただの尻振りか
フレイヤとトールは数日にわたる旅の末、ついに「星光村」へと辿り着いた。
遠くから見渡せば、村を囲むのは一面の黄金色の麦畑。風が吹くたび、波のように揺れ動く麦穂が大地を覆い尽くしていた。
この村の主な産業は小麦だ。ほとんどすべての家が麦作で生計を立てており、村全体が香ばしい麦の匂いに包まれている。屋根には乾燥中の麦束が吊るされ、道端には積み上げられた藁や麦稈。どこを見ても、彼らの誇る農業文化が感じられた。
村の入口には色鮮やかな紙提灯が無数に吊り下げられ、風に揺れている。提灯には麦穂、星、そして純潔女神の羽翼紋章が描かれており、まるで祭りと収穫祭が混ざり合ったような光景だった。
通りは大賑わいだ。
村人たちは派手な色彩の衣装を身にまとい、中には金糸で麦穂模様を刺繍した布まである。歩くたびにきらきらと輝き、まるで今にも踊り出しそうだった。
彼らは満面の笑みを浮かべ、小麦酒を注いだ杯を掲げたり、小麦粉で作った焼き菓子を配り歩いたりしている。そこには、よそ者ですら抗えないほどの熱狂的な歓迎が満ちていた。
一見すれば、ここはフレイヤが理想とする「豊穣の村」そのものだった。
だが彼女はすぐに気づく。
この空気には、“純潔ではない何か”が混ざっている。
歓喜が濃すぎるのだ。
まるで収穫祭の熱狂だけが無限に膨れ上がり、誰も止まることを知らなくなったかのように。
「豊穣!」
「純潔!」
「収穫!」
終わることのない賛美の声。
二人が広場へ足を踏み入れると、そこでは大勢の村人たちが巨大な輪を作り、奇妙極まりない踊りを繰り広げていた。
重たい木靴を鳴らしながら地面を踏み鳴らし、
ある者は両腕を風車のように振り回し、
ある者は腰を曲げて尻を激しく振り、
その姿は、まるで独楽のように回転していた。
太鼓と笛の演奏もまた酷い。
若者たちが好き勝手に叩き、吹き鳴らしているだけなのに、なぜか奇妙な一体感がある。
耳を刺す笛の音。
乱暴な太鼓の連打。
それらが混沌の中で妙な律動を生み出し、“狂気じみた秩序”を形成していた。
滑稽なはずなのに、そこには異様な熱量があった。
まるで信仰そのものが、終わらない収穫祭へと変貌してしまったかのようだった。
「な、なによこの踊り……!? 大道芸!? 一体何を踊ってるのよ!?」
フレイヤは呆然と見つめた末、とうとう吹き出した。
「ぷっ……!」
慌てて口を押さえる。
だが次の瞬間、彼女はさらに驚愕する。
隣のトールが――まったく笑っていなかったのだ。
腕を組み、真剣な表情で踊り手たちを凝視している。
その目は妙に鋭く、まるで宇宙の真理でも読み解こうとしているかのようだった。
「ちょ、ちょっと。なんでそんな顔してるのよ? まさかこの踊り、神聖だとか思ってないでしょうね?」
フレイヤは疑わしげに彼の腕をつつく。
トールは眉をひそめたまま、低く呟いた。
「この動き……この律動……」
「え、まさか踊りたいとか言わないわよね?」
「まだ理解しきれていない……」
やがて踊りが終わると、村人たちは一斉に大歓声を上げた。
子供たちは麦穂を空へ投げ上げ、花吹雪のように撒き散らしている。
すると先頭で踊っていた女性が前へ進み出て、高らかに宣言した。
「これは純潔女神へ捧げる《聖舞》です! 歓喜によって魂を浄化し、熱狂によって恩寵を讃えるのです!」
その瞬間。
広場の端から、聞き覚えのある声が響いた。
「純潔女神の教えは、無限の情熱をもって信仰を抱けと説いています! そしてこの聖舞こそ、我らが女神へ捧げる最高の賛歌なのです!」
現れたのは、かつて洞窟で盗賊に囚われていた少女だった。
今や彼女はこの村の伝道者となり、『純潔』の聖典を胸に抱えていた。
「やはりそうだったか! だからこそ、この舞には深遠なる神聖さを感じたのだ!」
トールは拳を握り締め、感動に打ち震える。
一方のフレイヤは、顎が外れそうなほど呆然としていた。
さっきまで尻を振り回していた村人たち。
聖典を掲げる少女。
そして感動しているトール。
彼女の頭は真っ白になる。
「聖舞……? どこが!? それにこの熱狂……まるで狂信領域そのものじゃない!」
本来なら、トールは前回のように飛び出して教義を正すはずだった。
だが現実は逆だった。
トールはむしろ熱弁を始める。
「この踊りこそ純潔の真髄だ! 聖典にもあるではないか! “歓喜をもって女神を讃えよ”と! 見ろ、この尻振り! まさに喜悦の極致ではないか!」
「尻振りですって? ふざけないでよ!」
フレイヤは慌てて彼を引き寄せ、小声で怒鳴った。
「目を覚ましなさい! これは狂信領域の影響よ! 純潔がサーカスになってるの!」
「違う!」
トールは真顔で首を横に振る。
「私は確かに感じている。この舞には聖典との完全なる一致がある!」
そう言って彼は『純潔』聖典を開き、ぐにゃぐにゃの文字を指差した。
「見よ! ここにこう記されている――“純潔とはケーキの如し。情熱をもって分かち合うべし”と!」
「それ、私が適当に書いたレシピメモよ!!」
その瞬間、フレイヤはついに理解した。
トールという存在の本質。
その一つが――“狂信”だった。
彼の妄想的解釈と、この村の空気は異常なほど噛み合ってしまっている。
二つの狂気が、今まさに共鳴していた。
「聖使様。あの時、皆を救ってくださったおかげで、私も栄誉ある女神の伝道者となれました」
少女は微笑みながら歩み寄る。
その眼差しには、深い尊敬が宿っていた。
「どうか我らの聖舞へご参加ください。共に熱狂の舞によって女神を讃えましょう!」
「聖使!」
「聖舞!」
「純潔は永遠なり!」
村人たちはさらに熱狂し、雷鳴のような拍手を送る。
トールの大理石像のような顔に笑みが浮かんだ。
袖をまくり、本気で踊りに参加しようとする。
「待ちなさいぃぃ!!」
フレイヤは慌てて彼の前へ飛び出した。
引きつった笑顔を浮かべながら、大声で宣言する。
「た、確かに情熱的な舞ではあります! ですが、純潔女神の教義とは本来、“心の安らぎ”と“希望”を重んじるものです!」
しかし、その程度で村人たちの熱狂が冷めるはずもなかった。
歓声はむしろ大きくなる。
フレイヤは負けじと叫ぶ。
「ならば試練を行いましょう! 本当の純潔の力を示し、皆さんの心を目覚めさせるために!」
信徒:228
領域:幸運・純潔・復讐・暴力・狂信
神術:水生成、武器変化、小治癒、幻影変化、花火術、精神安定、経典創造




