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夜明けの海

強制パージの強烈な衝撃に、小島はコックピットの中で激しく体を揺さぶられた。

気がつけば、彼らは漆黒の夜空の真っ只中へ放り出されていた。三十余りのボロボロの機体と、その装甲に命綱一本でしがみつく機体を持たない百二十余名の兵士たち。


「くそっ、あの野郎……! 最初から俺たちだけを逃がすつもりで……!」


小島は血の滲む唇を噛み締めながら、眼下へ向かって急速に遠ざかっていく「太陽」を見つめていた。

真っ赤な火球となって玄界灘へ墜ちていく、数百万トンの神の城。その中心で最後まで城を押し留め、自分たちを空へ弾き出した和泉の『紫』の光が、彗星のように尾を引いて落下していく。


「全機、スラスター全開! 姿勢を立て直せ! 海面への激突に備えろ!」


片倉の怒号が通信帯に響く。

だが、彼らの目はどうしても、眼下の海面へと吸い込まれていく紫の流星から離すことができなかった。


高度が下がるにつれ、深夜の玄界灘の恐るべき光景が浮き彫りになる。

九州への上陸を狙い、海面を隙間なく埋め尽くしていた敵の無数の軍勢。それは絶望的な「黒い波」となって、日本を飲み込もうと蠢いていた。あの質量が海に激突すれば、敵を巻き込めるかもしれないが、同時に発生する巨大な津波が九州を壊滅させる。


小島たちが最悪の光景を幻視した、まさにその瞬間だった。


『――消し飛べェェェッ!!』


和泉の咆哮が、ノイズ混じりの通信を突き破って彼らの鼓膜を震わせた。

直後、落下する火球の先端から、視界のすべてを奪い去るほどの極大の『紫』の閃光が迸った。


「な……海が……割れた……!?」

装甲にしがみついていた岩本が、信じられないものを見るように叫ぶ。


神の城が激突する直前。和泉と王の放った規格外の紫の極光が、文字通り「海そのもの」を真っ二つに両断したのだ。

凄まじいエネルギーの刃が海面を覆っていた黒い波を一瞬にして蒸発させ、数百万トンの質量がぶつかる物理的な衝撃を完全に相殺する。津波は起きなかった。代わりに、真っ二つに割れた海原の底、深海の暗闇に向かって、巨大な城が音もなく呑み込まれていく。


そして。

海底のどん底で、神の城が限界を迎えて崩壊・爆発した強烈な光が、海中から夜空に向けて十字架のように吹き上がった。


「衝撃波が来るぞ! 耐えろォッ!」


海底からの爆発の余波が大気を震わせ、空中にいた小島たちを容赦なく吹き飛ばした。

三十余りの機体は木の葉のように空中で揉まれながらも、残されたスラスターの推力を振り絞り、必死に落下速度を殺していく。


やがて、凄まじい水柱と水飛沫が収まった頃。

彼らは玄界灘の荒波の中へ、あるいは九州北部の沿岸部へと、次々に不時着を果たした。


「……被害状況を報告しろ。誰か、欠けている奴はいるか」


浅瀬に機体を膝下まで沈めた状態で、片倉がひどく掠れた声で通信を入れる。

しばらくのノイズの後、各小隊長たちからの報告が次々と上がってきた。


『第一小隊、全員生存。装甲にしがみついていた連中も、無事です』

『第二小隊も生存。……死人は、出ていません』

『源田も……生きてます。機体は完全にスクラップですがね』


百五十四名。

アグレッサー大隊の全員が、あの地獄のような空の戦いを生き抜き、誰一人欠けることなく日本の土を踏んでいた。和泉が最後まで背負い通した命は、すべて守り抜かれたのだ。


だが、歓喜の声は誰の口からも上がらなかった。


「片倉……。大隊長の信号は」

小島の問いかけに、片倉は沈黙した。通信モニターのどこを探しても、常に大隊の先頭に灯っていた『紫』の識別信号は存在しない。

海の底に沈んだのか、それともあの爆発で消滅したのか。


「……現在、和泉大隊長の機体信号は……ロストしています」


片倉の声が微かに震えていた。

その事実が突きつけられた瞬間、声を出せない伊達は、もどかしさと悔しさをぶつけるように、残された右腕で機体の装甲をガンッ!と激しく殴りつけた。


その伊達の想いを代弁するかのように、岩本が通信帯に向かって声を枯らして叫んだ。


「死んでねえ……。あの人は、死ぬ気なんかこれっぽっちもねえって言った! どんなに深い海底からだろうが、這い上がって帰ってくるって、そう言ったんだよ!」


岩本の叫びが、夜明け前の静かな波の音に吸い込まれていく。

誰もが和泉の帰還を信じたかった。だが、深海という絶対的な死の領域が、彼らの心に暗い影を落とそうとしていた。


「泣き言を言ってんじゃねえぞ、岩本」


小島が、コックピットのハッチを開け、潮風を全身に浴びながら海を見つめて口を開いた。


「あいつは馬鹿だ。俺たちの命を全部背負って、勝手に海に飛び込むくらいの大馬鹿野郎だ。……だがな、あいつは絶対に嘘はつかねえ。俺たちに帰るって約束したなら、意地でも這い上がってくるに決まってんだろ」


小島は血と汗に塗れた顔で、ニヤリと不敵に笑ってみせた。


「大隊長が海底から歩いて帰ってくるかもしれないからな。迷わねえように、俺たちがここで帰り道の灯りを点けて待っててやるんだよ」


そうだ。彼らの大隊長は、こんなところで終わるようなタマではない。あの最強で最高の男が帰ってくる場所を、今までと同じように自分たちが守るのだ。


「……了解ッ!!」


百五十四名の力強い怒号が、海原に響き渡った。


――その、直後だった。


共に空を駆け抜けた機体も、ベースキャンプを守り抜いた機体も。完全に動力を失い、静まり返っていたはずの百五十四個のコアたちが、突如として一斉に、眩い白銀の光を放ち始めたのだ。


「な、なんだ!? コアの輝きが止まらない……!」

「計器が狂ったか!? 動力は完全に底を突いているはずなのに!」


パイロットたちがレバーを動かしているわけではなかった。にもかかわらず、百五十四個のコアは激しい脈動を繰り返し、まるで自らの意志を持つかのように一斉に共鳴し合っていた。

手足をもがれた機体の残骸が、そして海水を被った満身創痍の機体が、駆動系をギチギチと強引に軋ませながら、一歩、また一歩と、和泉たちが沈んだ「海底の方角」へと進もうとし始める。


『後で必ず我らを迎えに来い』


かつて王が遺したあの約束を、忠臣たちは一瞬たりとも忘れていなかった。

コアたちが放つ激しい脈動は、言葉を持たぬ彼らの切実な絶叫そのものだった。光の明滅が訴えかけているのは、王から下された絶対の命令に対する服従ではない。冷たく暗い海の底に沈んだ『彼らの王』と、不器用で最高な『真の友』の元へ、今すぐ自分たちを連れて行けという、魂を焦がすような忠義の炎だったのだ。


コアたちの狂おしいほどの執念を肌で感じた片倉が、呆然と呟く。

「……待つんじゃ、ないな」


小島がハッチから身を乗り出し、コアたちの光に照らされながら、さらに深く不敵に笑った。


「ああ。この諦めの悪いデカブツどもが、今すぐ連れ戻しに行こうって騒いでやがる。……おいお前ら、灯りを点けて待つのは中止だ!」


小島は夜明けの海を指差し、声を張り上げた。


「あの大隊長のことだ。今頃、海の底で『迎えがおせえぞ』って悪態つきながら、俺たちが来るのを腕組んで待ってやがるに決まってる。……あっちの王様と一緒にな! ――全機、これよりサルベージ作戦を開始する! どんなに深い海の底だろうが、あの大馬鹿野郎どもを俺たちで迎えに行くぞ!!」


「「「了解ッ!!!!」」」


百五十四名の戦士と、百五十四の目覚めし忠臣たち。

彼らの意思が、今度こそ完全にひとつに重なり合った。


小島が東の空を見上げると、分厚い雲の切れ間から、眩いほどの朝陽が差し込み始めていた。

長く、あまりにも過酷だった夜が明ける。


九州の大地と玄界灘を照らし出す黄金色の光の中で。

最高の仲間たちは、大切な友を連れ戻すため、不屈の輝きを放つ夜明けの海原へと、迷いなく歩みを勧め始めた。

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