和泉と王
夜明け前の漆黒の空を、巨大な火球が斜めに切り裂いていく。
九州の大地から逸れ、玄界灘の「黒い海」へと落下していく数百万トンの質量。その中心で、和泉は網膜の端に映る無数の小さな光の点を見つめていた。
強制パージされ、夜空に散らばっていく三十余りのスラスターの光。
百五十名の仲間たちが無事に脱出し、空の彼方へと遠ざかっていくのを見届けた和泉は、フッと息を吐き出して操縦桿から手を離した。
「……騙して悪かったな。だが、お前らがいたら邪魔なんだよ」
軽口を叩く和泉の顔に、後悔は微塵もなかった。
外壁に張り付かせたのは、彼らを母艦の崩壊から物理的に引き剥がすため。そして「押し返す」という名目を与えたのは、彼らの絶望を吹き飛ばし、生きるための推力を最後まで燃やさせるためだった。
結果として、九州は守られ、仲間は全員生き残った。
『――見事な嘘だ。お前の部下たちは、最後までお前と共に死ぬ気でいたというのに』
沈黙していたコックピットに、王の静かな声が響く。
和泉の肉体と完全に融合した『紫の王』は、自分たちと共に残ったこの地球の男の強欲さに、呆れと、そして深い感嘆を抱いていた。
「あいつらは馬鹿だからな。やるぞといったらついてきちまう。きっとお前の仲間もそうだったんだぞ」
和泉は白銀に染まった前髪を乱暴に掻き上げ、眼下に迫る黒い海を睨みつけた。
「あんたも、仲間たちを無事に逃がせて満足だろ?」
『……ああ。我が忠臣たちは、ただの兵器としての呪縛から解き放たれた。お前のおかげだ、和泉』
王は初めて、彼を「地球の人間」ではなく「和泉」と呼んだ。
『我は、己の正しさに固執するあまり、仲間を信じることも、仲間に嘘をついてまで背負うこともできなかった。……お前を見ていて、ようやくわかった。我が失った国に足りなかったのは、お前のような愚かで、強欲で、底抜けに仲間を信じ抜く「王」だったのだとな』
その言葉には、かつて全星系を統べた絶対者のプライドなど欠片もなかった。あるのは、ひとりの戦友としての純粋な称賛だけだ。
「よせ。俺は王様柄じゃねえよ。ただの技術屋の端くれだ」
和泉は獰猛に笑い飛ばした。
高度1000メートル。
巨大母艦が海面に激突するまで、残り数秒。
眼下の海面には、九州への上陸を狙って群がる敵の無数の軍勢が『黒い波』となってびっしりと覆い尽くしているのが見えた。
「さあ、最後の仕事だ、王様。下でうごめくあの邪魔な黒い波ごと、このデカブツを叩き潰す。だが、この質量がそのまま激突すれば、凄まじい津波が起きて結局九州が呑まれちまう」
和泉は再び操縦桿を強く握り締め、紫電の瞳をギラつかせた。
「だから、俺たちの『紫』の力で、海そのものを真っ二つにぶった切る。津波の発生ごと衝撃を完全に殺して、海底のどん底にこの城を沈めてやるぞ」
『承知した。……ならば我も、今度こそ逃げ回ることなく、我が忠臣たちに真っ直ぐ向き合うとしよう』
かつて孤独を選び、仲間を導けなかった王。彼は和泉という器を通し、空へ逃れた忠臣たちと友の未来を護るため、己の存在のすべてを懸けて圧倒的な力へと変わる。
王の力と和泉の意志が完全に同調し、機体から放たれる紫の極光が、落下する巨大母艦の先端を鋭利な巨大な刃のように覆い尽くしていった。
「当たり前だ。俺は死ぬ気なんかこれっぽっちもねえ。どんだけ深い海底だろうが、這い上がってあいつらのところに帰るぞ!」
『フッ……頼もしい男だ。我も、最後まで付き合おう!』
和泉の絶叫と共に、高度ゼロ。
紫の極光に包まれた巨大な城が、玄界灘の漆黒の海面へと真っ直ぐに突き刺さった。
和泉と王の放った規格外の『紫』の刃が、文字通り海そのものを両断する。巨大な津波の発生をエネルギーの相殺によって完全に打ち消し、海面を覆い尽くしていた敵の黒い波を一瞬にして塵へと変えながら、数百万トンの鉄の塊は海底へと沈み込んでいく。
深海の恐るべき水圧と、内部で限界を迎えたエネルギーの暴発によって、神の城はついにその構造を維持できずに崩壊を始めた。
海の底で。
王と和泉の放った眩い光が視界を白く染め上げ……そして、すべては深い、深い暗闇の底へと沈んでいった。




