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帰還の光

光すら届かない、絶対的な暗闇と静寂。

数百万トンの巨大母艦を海底のどん底へと叩き込み、海中での大爆発という規格外の衝撃を相殺しきった和泉の機体は、玄界灘の深く冷たい海底に沈みきっていた。


機体のメインモニターはとうの昔にブラックアウトし、生命維持装置も予備電源でかろうじて稼働している状態だ。装甲は限界を超えてひしゃげ、コックピット内には微かに血と焦げた配線の匂いが漂っていた。


「……おい、王様。生きてるか」


暗闇の中、和泉が荒い息を吐きながらポツリとこぼす。

すると、和泉の脳内に直接響くような形で、機体の奥底から静かで穏やかな声が返ってきた。


『……ああ。どうやら、我もろとも塵になることは免れたようだな。だが、機体のエネルギーは完全に底を突いた。身動きひとつ取れん状態だ』


「違いない。さすがに今回はやりすぎたな。身体中が痛えよ」


和泉はシートに深く背中を預け、自嘲気味に笑った。

王が海を両断するために力を使い果たしたことで、和泉の肉体を侵食していた変質はピタリと止まっていた。白銀に染まった髪と紫の瞳が元の姿に戻ることはなかったが、これ以上彼が「人間ならざるもの」へと変わってしまうこともない。だが、これまでの限界を超えた同調の代償として、極限の疲労とダメージが和泉の生身を容赦なく苛んでいた。


『……和泉よ。我は、ずっと孤独だった』


不意に、王が安全な闇の中で懺悔するように口を開いた。


『絶対的な力を持てば、すべてを護れると信じていた。だから誰にも頼らず、誰の弱さも背負わず、ただ一人で高みから見下ろすだけの王で在り続けた。……その結果が、あのように忠臣たちを兵器として縛り付け、故郷を失うという結末だ』


暗い海底の底で、王の声はどこか安らぎに満ちていた。

逃げ回るだけの過去に決着をつけ、最期に自らの身を挺して忠臣たちを人間の空へと逃がすことができた。その事実に、王はかつてないほどの救いを感じていたのだ。


『だが、お前は違った。お前は強欲に他人の命を背負い、泥まみれになりながらも共に前を向き、そして仲間たちもまた、お前という男を心の底から信じ抜いていた。……見事な絆だ。我はお前という友を持てたこと、そして最後にその絆の末席に加われたことを、誇りに思う』


それは、王から友への、完全なる別れと感謝の言葉だった。

エネルギーが尽き、深海から自力で浮上する術はない。このまま静かに終わるのも悪くない。王はそう思っていた。


だが。


「……何、勝手に綺麗に終わろうとしてんだよ、馬鹿野郎」

『和泉?』


和泉は痛む体を無理やり動かし、ブラックアウトしたコンソールをバンッと叩いた。


「言っただろ。俺は死ぬ気なんかこれっぽっちもねえって。……それに、あいつらは俺が帰るって約束したんだ。もし俺がこのままここで寝てたら、あの大馬鹿どもは地の果てまで文句を言いに来やがる」


和泉が不敵に笑った、まさにその時だった。


――ザザッ……ガァッ……!


完全に死んでいたはずの通信帯に、突如として激しいノイズが走った。

和泉と王が息を呑む。深海の底、しかも重い装甲と海水の壁に阻まれたこの場所に、電波が届くはずなどないのだ。


『……大隊……聞こえ……』

『和泉生きてるんだろ。早く上がってこい』


ノイズを強引に圧し折るようにして飛び込んできたのは、いつもの、しかしどこか焦りの滲む小島の手厳しい声だった。

和泉の目が大きく見開かれる。


『……信じられん。我が忠臣たちの、コアの共鳴波長だと?』

王の声に、かつてないほどの驚愕が混じった。百五十四個のコアが、自らの全エネルギーを巨大なソナーのように束ねて海中へと放ち、無理やり通信経路をこじ開けていたのだ。


そして、ノイズが晴れた回線の向こうから、今度は酒井の悲鳴に近い通信が割り込んできた。


『伊達さんがきれてます! 装甲でなぐってくるんで早く何とかしてください!』


その背後で、言葉を発せない伊達が怒り狂ったように別の機体の装甲を拳でガンガンと殴りつけている凄まじい金属音が響いてくる。岩本や片倉たちが、それを必死になだめている声まで筒抜けだった。


さらに、回線が完全に安定すると、今度はひどくノイズまみれの、しかしどこか呆れたような源田の掠れた声が聞こえてきた。


『まったく……世話の焼ける大隊長だ。背中を預けたのに先に行ってもらっちゃ困りますよ』


通信の向こう側から、百五十四名の仲間たちと、百五十四個のコアたちが放つ、圧倒的なまでの「熱」と「生への執念」が伝わってくる。

彼らは待つことをやめたのだ。自分たちを逃がして深海に沈んだ大馬鹿野郎を、今度も、今までと同じように自分たちの手で連れ戻すために、夜明けの海へと飛び込んできた。


『……和泉よ』

王の声が、微かに、だが確かに震えていた。


『ああ。これが、我を迎えに来た声か……。誰も我を置いて行かないと……そう、言ってくれているのか……』

「当たり前だろ。あいつらは、俺の仲間で、あんたの忠臣だ。……さあ、王様。俺たちの現在地を教えてやろうぜ」


和泉の唇に、自然と傲岸不遜な笑みが浮かぶ。

王の歓喜と震えに呼応するように、尽きかけていたはずの『紫』のエネルギーが、機体の奥底から爆発的に湧き上がり、コックピットをまばゆい光で満たしていく。


和泉は最後の力を振り絞ってコンソールへ手を伸ばし、自らの現在地を知らせる、最高出力の「紫のソナー」を海中へ向けて解き放った。

ドォン、と海底の地鳴りのような共鳴音が玄界灘の深海を震わせる。


「……ふっ、あいつらが来るのは、たまには待ってるとしよう」


和泉は操縦桿から再び手を離し、シートに深く身体を沈めて、満足そうに笑った。

かつて孤独だった異星の王が、和泉の言葉に静かに、しかし深く首を縦に振る気配が伝わってくる。


「これができるのが、俺たちの強さだからな」


真っ暗な深海の頭上を見上げれば、ソナーの光に導かれるようにして、無数の小さな輝きが瞬き始めていた。

それはスラスターの炎と、百五十四個のコアが放つ不屈の白銀の輝き。

海面から海底へ向かって、大切な友を連れ戻すための百五十四の流星群が、一直線に降り注いでくる。


長く過酷だった神殺しの夜が、ついに明ける。

最高の仲間たちの迎えを待ちながら、和泉と王の宿る『紫』の機体は、夜明けの海原の底で、静かに、しかし確かな誇りを持って輝き続けていた。

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