仲間の元へ
神の心臓たるコアを両断した紫の一閃の残滓が、漆黒の空間に淡く溶けていく。
鼓動を打つように空間を満たしていた敵のエネルギー供給が完全に絶たれ、圧倒的な静寂が訪れた。
和泉は勝利の余韻に浸ることも、自らの肉体に起きた不可逆の変質――白銀に染まった髪や、紫電を宿す瞳――を確かめることすらもしなかった。
彼は『紫』の大剣を背に納めると、すぐさま機体を反転させ、源田が待つ「最後の扉」の跡地へとスラスターを吹かした。
粉砕された豪奢な扉を抜けた先。
そこには、異常な光景が広がっていた。先ほどまで無限に湧き出し、津波のように和泉たちへ押し寄せていた銀色の騎士の群れが、文字通り「ただの鉄屑」と化して静止していたのだ。
コアという中枢からのリンクを物理的に切り離されたことで、システムが完全に沈黙し、一歩も動かなくなった残骸の海。
その無数の鉄屑の山の中心で。
源田の重装甲機体は、ボロボロに砕けた大剣を杖代わりにして、膝をつくことなく、ただ真っ直ぐに立ち続けていた。
全身の装甲はひしゃげ、駆動系のオイルが血のように流れ落ちている。誰の目に見ても、とうの昔に限界を超え、とどめを刺される寸前の状態だった。それでも彼は、背後の扉に一匹の敵も通すまいと、文字通り死の淵で立ち塞がり続けていたのだ。
「……源田」
和泉が歩み寄り、通信帯を開く。
ノイズまみれの回線から、ひどく掠れた、浅い呼吸音が聞こえてきた。ほとんど意識を失いかけていた源田だったが、紫の機体の駆動音と、和泉の短くも力強い声に反応し、微かに機体のカメラアイを明滅させた。
『……大隊長……。……静かに、なりましたね……』
「ああ。全部終わった。よく守り抜いてくれたな」
和泉は、立っているのも不思議な状態の源田の機体の腕を自らの機体の肩に回し、しっかりと支え上げた。
『へへ……。どうやら……アンタの背中を預かる役目は、最後まで果たせたみたいだ……』
「馬鹿野郎。これからお前を連れて帰るまでが、お前の役目だ。寝るなよ」
和泉が源田を支え上げた、まさにその時だった。
足元の床が激しく鳴動し、空間全体に不気味な亀裂が走り始めた。純白だった回廊の壁が剥がれ落ち、ノイズのように景色が歪んでいく。
中枢たるコアを失ったことで、この歪んだ時間を内包していた巨大な隔離空間そのものが、崩壊を始めようとしていた。
「長居は無用だな。行くぞ!」
和泉は源田の機体を庇うように引き摺りながら、崩れゆく回廊を急ぎ足で引き返す。
少し進んだ先の広間で、彼らは最初の仲間たちと合流した。
岩本、佐々木、小島、金子、峯崎の五名だ。彼らの眼前に立ち塞がっていた一騎当千の白銀の処刑人もまた、槍を振り下ろした姿勢のまま、動かぬ彫像と化していた。
五人の機体も満身創痍だった。金子の機体は右腕部を完全に喪失し、佐々木の盾は粉々に砕け散っている。だが、そのコックピットの中で、彼らは確かに生きていた。
「おせえぞ、和泉! こっちの寿命が縮みきっちまったじゃねえか!」
小島が軽口を叩くが、その声には隠しきれない安堵と疲労が滲んでいた。
「悪かったな。だが、お前らのおかげで間に合った。……全員、動ける奴は動けない奴を担げ! ここが崩れ落ちるぞ!」
和泉の号令で、七機の牙は再び一つになった。
覚醒した和泉の機体から溢れ出す『紫』のオーラが、傷ついた仲間たちの機体を包み込むようにして駆動をサポートし、崩壊する迷宮をさらに逆流していく。
そして、彼らが中枢への道を切り拓くために、最初に分断された分厚い壁の前。
そこには、敵が落とした巨大な隔壁すらも強引に破壊し、無数の残骸の山の上に座り込む二十三機の姿があった。
酒井、菅野、杉田、そして伊達。
自力で歩行できる機体は数えるほどしかなく、弾薬も完全に底をつき、装甲は原型を留めていない。彼らは完全に「全滅」していてもおかしくないほどの絶望的な防衛戦を、誰一人欠けることなく、ただ気力と意地だけで生き抜いていたのだ。
和泉の紫の機体と、それに支えられる源田たちの姿を見た瞬間。
酒井が、泥だらけの機体を立ち上がらせて不敵に笑った。伊達が、残された片腕の鉄拳を空に向けて力強く突き上げる。
『待ってましたよ、大隊長!』
通信帯に、二十三名全員の誇り高き声が響き渡った。
和泉の唇に、自然と笑みがこぼれる。
自分が人ではなくなろうとも、孤独な王の力を受け入れようとも。この「究極の絆」がある限り、自分は何度でも彼らの元へ、人間の場所へと帰ってくることができる。
「お前ら、最高の仕事だった! ……さあ、帰るぞ!」
崩壊し、瓦礫が降り注ぐ純白の迷牢。
和泉は王の力で空間の崩落を強引に弾き飛ばしながら、先頭を歩く。その後ろを、ボロボロになった仲間たちが互いに肩を貸し、機体を引き摺り合いながら、一歩一歩、確かに進んでいく。
目指すは、残る仲間たちの元。
敵の巨大な母艦の内部、彼らが最初に激戦を繰り広げたエリアだ。
和泉たちがこの時間の歪んだ中枢エリアで死闘を繰り広げていた数時間もの間。片倉たち百二十名の兵士は、ただ息を潜めて安全圏で待っていたわけではない。
周囲をいつ起動するかもわからない無数の敵機に囲まれた敵陣のど真ん中で、極限の恐怖と死のプレッシャーに晒されながらも、彼らはベースキャンプを死守し続けてくれていた。どんなに分厚い壁に通信が遮断され、和泉たちからの応答が途絶えようとも、彼らは決して絶望しなかったはずだ。
『こちらベースキャンプ。道は確保している』
『大隊長、必ず生きて帰還せよ』――。
ノイズだらけの虚空に向かって声を枯らし、外の状況分析を続け、小島や日本の部隊へ向けて「俺たちはここにいる」という生きた声を繋ぎ続けてくれた。彼らが暗闇の中で『帰還の灯火』を燃やし続けてくれたからこそ、和泉たちはどれだけ深い死地に足を踏み入れようとも、帰るべき場所を見失わずに済んだのだ。
コアが破壊された今、閉ざされていた通信回線が少しずつ晴れ、彼らの不屈の呼び声が微かな電波となって和泉たちの通信帯に混じり始める。
「……聞こえるか、片倉。迎えは要らねえ。今から全員で帰る」
三十機の誇り高き牙たちは、崩壊する神の箱庭を背に。
命綱を握りしめて待つ最高に頼もしい連中の元へ、明日へと続く道を真っ直ぐに駆け抜けていった。




