一騎当千の門番
伊達たち二十三機が命懸けで塞いだ分断の壁を背に、和泉たち七機の精鋭は中枢へと続く回廊を駆け抜けていた。
和泉、源田、岩本、佐々木、小島、金子、峯崎。
彼らの眼前に、ついに広大な空間が開ける。そこは、これまで通ってきたどの場所よりも禍々しく、そして神聖な静けさに満ちていた。空間の最奥には、地球のものとは思えない異質な紋様が刻まれた、ひと際巨大な隔壁が鎮座している。
間違いない。あの扉の向こう側に、この巨大浮遊構造物のすべてを統括する心臓部がある。
だが、彼らはすぐに歩みを止めざるを得なかった。
巨大な扉の前に、たった一体の防衛兵器が立ち塞がっていたからだ。
これまで遭遇してきた無機質な機体群とは、根本的に次元が違った。
装甲の継ぎ目が一切存在しない、神の彫刻のような滑らかな白銀のシルエット。人型でありながら生物的な生々しさを放ち、手にした身の丈以上の流線型の双刃槍は、周囲の空間そのものを陽炎のように歪ませている。ただそこに立っているだけで、魂を直接鷲掴みにされるような、圧倒的で絶対的な「死」の気配。
ただの騎士や門番などではない。それは、中枢へ近づく者を蹂躙するためだけに生み出された『処刑人』としての凄みを放っていた。
「……一匹だけか。舐められたもんだぜ」
源田が大剣を構え、牽制のために一歩前に出た。
その瞬間だった。
白銀の機体が、一切の予備動作なく視界から完全に「消失」した。
「がっ……!?」
空間を物理的に削り取るような凄まじい突風が吹き荒れ、前衛にいた峯崎の機体が、まるでおもちゃのように一瞬で後方へと吹き飛ばされた。何が起きたのかすら視認できないほどの速度。
「峯崎!」
佐々木が即座に自らの機体から『蒼』の力を爆発的に引き出し、強固な光の盾を展開して追撃から峯崎を護ろうと前に出る。
だが、その佐々木の死角から、見えないほどに速い白銀の拳が必殺の軌道で叩き込まれようとしていた。蒼の盾を構えるよりも速い、完全な死のタイミング。
「――見えたぞ、岩本ッ!」
小島が自身の脳髄を焼き切るほどの演算でその一撃の軌道を抽出し、データを味方へ強制リンクさせる。
その小島の絶対的な視界と完全に同期した岩本が、己の直感のさらに先――『絶対予測』の領域へと完全に覚醒を果たした。岩本は照準器すら見ず、機体を僅かに滑らせながら銃身を振り抜く。放たれた神業の銃弾が、佐々木に迫る白銀の拳の関節部へミリ単位の狂いもなく直撃し、その致死の軌道を強引に「いなし」、威力を逸らしてみせた。
「そこだ!」
岩本がこじ開けた一瞬の隙を突き、金子が支援兵装の最大火力を白銀の機体へと叩き込む。
凄まじい爆発が起こり、白銀の機体がわずかに後退して体勢を立て直す。
岩本、佐々木、小島、金子、峯崎。
彼ら五人が極限の連携で、一騎当千の近衛兵器を足止めした直後だった。
「隊長、副隊長! いってください」
体勢を立て直した佐々木が通信帯に声を張り上げる。
「こいつは、俺たち五人でやります。大隊長たちは、あの扉の向こうへ」
岩本が排莢を済ませながら静かに続いた。
「馬鹿野郎、こいつの出力を見たろうが! お前らだけで抑えきれる相手じゃねえ!」
源田が怒鳴るが、五人の機体は一歩も引こうとはしなかった。
「抑えきれますよ。私たちを誰だと思ってるんですか」
金子が支援兵装の冷却を行いながら不敵に笑う。
「この奥にいる『神様』の首を獲るのは、アグレッサーの双璧であるアンタたちの役目でしょう。こんな門番もどきに、隊長たちの力を消耗させるわけにはいきません」
「酒井さんや伊達さんたちも、後ろで帰り道を守ってくれてるんです。俺たちだって、このくらいやれなきゃ顔向けできない」
吹き飛ばされた峯崎も機体を立ち上がらせ、佐々木の横に並び立った。
その時、後方でデータリンクの解析を続けていた小島が、切迫した声で彼らの会話を遮った。
「言い争っている時間はない! 和泉、源田、お前ら二人は早く行け!」
「小島?」
「この空間と、外の世界では『時間の進み方』が違うんだ……!」
小島が弾き出した絶望的な事実に、全員が息を呑む。
「朝の出撃から、九州の地上の制圧と準備に約16時間。空へ昇るのに2時間、中に入るまでに1時間。そこまで計19時間が、俺たちがここへ辿り着くまでの外での闘いだ。だが、この空間に入ってから時間が歪んでる。約25倍だ……ここでの1時間が、外の世界の約1日になってるんだよ!」
「なっ……じゃあ、さっきの防衛陣との戦いは……!」
「ああ。最初の輪の激戦で、俺たちはこの中で2時間を消費した。つまり外ではすでに丸2日が経過しちまってる! 外の世界に残された『七日間』というタイムリミットから経過時間を逆算すると……俺たちに残された猶予は、この空間内の時間で『残り4時間』しかない!」
だからこそ、敵は和泉たちをここで足止めしようとしているのだ。
「これ以上時間を食えば、外の世界が終わる。それに、この扉の奥には間違いなくこいつより悍ましいバケモノがいるはずだ。それを時間内に殺れるのは、お前たちしかいない。……行け、和泉!」
小島が叫んだ瞬間、会話の隙を突いて白銀の機体が再び消失した。
標的は、部隊の目であり頭脳である小島。白銀の双刃槍が、一切の音もなく小島のコックピットを真っ直ぐに貫こうと迫る。
「誠に……触らせるかぁぁぁッ!」
その絶体絶命の死地に、黄金の光を纏った機体が割り込んだ。
金子だった。仲間を――とりわけ小島を護りたいという極限の意志が、支援機である彼女を完全に覚醒させたのだ。金子の中から発現した『黄』の力が機体の火器管制と直結し、支援兵装から放たれた規格外の黄金の射撃が、白銀の槍の致命の一撃を真っ向から撃ち抜き、強引に弾き飛ばした。
激しい爆発音が鳴り響き、金子の機体が大きく体勢を崩しながらも、小島の命を完璧に護り抜いた。
「……金子」
和泉は、限界を超えて覚醒し、自らを犠牲にしてまで道を開こうとする仲間たちの姿をその目に焼き付けた。
彼らの決意と、託された「残り4時間」を無駄にするわけにはいかない。
「……頼んだぞ、お前ら」
和泉の『紫』の機体と、源田の重装甲機体が同時にスラスターを最大出力で吹かす。
それを阻止しようと白銀の機体が身を翻すが、覚醒した岩本の絶対予測による牽制と、金子の黄金の弾幕がその動きを正確に縛り付ける。そこへ峯崎の刃が死角から迫り、佐々木の『蒼』の盾が退路を断つように正面へ立ち塞がった。
五人の連携が生み出した、完璧な道。
その間隙を縫うようにして、和泉と源田の二機は白銀の門番の横をすり抜け、中枢へ続く巨大な最後の扉へと一気に肉薄する。
背後で、覚醒した五人の仲間たちと白銀の機体が激突する、凄まじい衝撃音が響き渡った。
和泉は振り返らない。託された命と時間、そして外で待つ世界の命運を背負い、ただ中枢を破壊することだけを見据え、源田と共に最後の隔壁へと突き進んだ。




