鉄壁の二十三機
分厚い隔壁が完全に床へ叩きつけられた直後。
和泉たち七機を中枢へと送り出した回廊は、パージされた天井から際限なく降り注ぐ異形の防衛兵器によって、瞬く間に完全に埋め尽くされた。
「伊達さん、大丈夫ですか?」
近くで陣形を組む小隊員が、通信帯に切迫した声を投げる。
先ほどまで落下する何千トンもの隔壁の下へ身を投じていた伊達の機体は、関節部から危険な火花を散らし、装甲のあちこちが歪んでいた。だが、伊達は通信に答える代わりに、無言で機体を立ち上がらせ、巨大な鉄拳同士を打ち合わせてみせた。
まだまだやれる、という無骨な意思表示だ。
「上等だ。……第三、第四小隊! 円陣を組め! 背中は壁だ、絶対に一歩も下がるな!」
酒井の号令のもと、残された二十三機は即座に陣形を再構築した。
彼らの背後にあるのは、敵が罠として落とした分断の壁だ。もし自分たちがここでやられれば、壁の向こうにいる大隊長たちは前後から挟み撃ちにされるだろう。そして何より、彼らが帰ってくるための「帰り道」を完全に失うことになる。
だからこそ、絶対に負けるわけにはいかない。誰一人として死なず、ここで大隊長たちの生還を待つ。その固い決意が、二十三機すべての駆動音に宿っていた。
「大隊長たちの邪魔はさせねえ。ここを通りたきゃ、全員をスクラップにしてから行け!」
酒井の咆哮と共に、二十三機の牙と、数え切れないほどの防衛兵器の群れが真正面から激突した。
先陣を切るのは酒井だった。
彼の機体から溢れ出す『紅』の熱量が、巨大な近接刃を白熱化させる。高熱を帯びた刃は、重装甲を誇る敵機体をバターのように容易く両断し、周囲の空間そのものを焦がしていく。力任せのようでいて、その動きには一切の無駄がない。彼が剣を振るうたびに、敵の群れに確実な死の空白が生まれる。
その空白を埋めるように飛び込んでくる敵を迎え撃つのは、寡黙な戦闘のプロ、伊達だ。
武器を持たない彼の戦い方は、一見すると無謀にも思える。だが、彼が放つ一撃はすべてが急所を貫く必殺の打撃だった。敵の重装甲の継ぎ目、センサーの死角、駆動の要。伊達の鉄拳が叩き込まれるたびに、硬質な破壊音が響き、敵機は内部から破壊されて力なく崩れ落ちる。
「第一波、防ぎきれません! 次が来ます!」
小隊員の報告が響く。天井の隙間から、さらに重武装を施された大型の敵機群が降り注いでいた。
「慌てるな。引き付けろ」
第三小隊長の菅野が、自らの『翠』の力を発現させながら極めて冷静な声で指示を出す。
彼の中から引き出された翠の光が、機体から射出される極細のワイヤーに伝播し、まるで彼自身の神経の延長のように純白の空間を支配していく。縦横無尽に張り巡らせた不可視の網に大型機群が触れた瞬間、強靭なワイヤーは敵の自重と降下速度をそのまま拘束力へと変換し、空中で不自然に体勢を崩させた。
「杉田!」
「おうよ! 第四小隊、撃てえっ!」
菅野の網で動きを封じられた敵群へ向けて、第四小隊長である杉田もまた、己の『橙』の力を爆発させて咆哮した。
杉田から放たれる橙の力が機体の火器管制システムと直結し、射撃兵装に規格外の出力を与える。放たれた弾丸はもはや物理的な鉛ではなく、空間を撃ち抜く光の槍と化していた。寸分の狂いもない圧倒的な十字砲火が、空中に固定された的を次々と火ダルマに変えていく。
だが、敵の数は圧倒的だった。
倒しても倒しても、天井の奥深くから新たな絶望が湧き出してくる。
交戦開始からどれほどの時間が経ったのか。弾薬庫の残弾警告が鳴り響き、射撃兵装が次々と沈黙していく。装甲は削られ、メインカメラにヒビが入り、機体の各部からオイルが滲み出ている。二十三機すべてが満身創痍の限界状態にあった。
「武器が壊れたなら、弾が尽きたやつは機体ごとぶつかって止めろ!」
酒井の声には焦りも絶望もない。ただ純粋な、極限の闘争心だけが燃え盛っていた。
その時、一体の巨大な敵機が、酒井たちの防衛線を強引に突破した。
だが、その冷徹なセンサーが標的に定めたのは、背後にある分断の壁ではなかった。敵の演算システムは、先ほどの激闘で脚部の駆動系が完全に焼き切れ、その場から動けなくなっていた伊達の機体を「容易な排除目標」として算出し、猛突進を仕掛けたのだ。
「行かせるかよォッ!」
紅い光の軌跡を残し、酒井の機体が伊達を庇うように滑り込んだ。
彼は自らの機体を盾にするようにして敵の突進を真正面から受け止め、そのまま『紅』の出力を限界まで引き上げる。機体の排熱システムが限界を超え、コックピット内に警報が鳴り響く中、酒井は白熱化した刃を敵の胸部装甲に深々と突き立てた。
激しい爆発が起こり、巨大な敵機が黒焦げの鉄塊となって崩れ落ちる。
その残骸を蹴り飛ばし、酒井は荒い息を吐きながら機体を立ち上がらせた。
「……見たかよ。俺たちの仲間には、指一本触れさせねえぞ」
酒井の言葉通りだった。
彼らの足元には、数え切れないほどの敵の残骸が山のように積み重なり、それ自体が新たな防壁として機能し始めていた。
弾薬は尽き、装甲はボロボロになり、自力で歩行できる機体すら半分以下に減っている。
だが、彼らが命懸けで護り抜いた背後の壁にも、そして共に戦う二十三機の仲間たちにも、欠けた者は誰一人としていなかった。
「……大隊長」
酒井は熱を持った操縦桿を握り締め、分厚い壁の向こう側へと心の中で語りかける。
「こっちの掃除は終わったぜ。あとは、任せたぞ」
泥とオイルに塗れた鉄壁の二十三機は、満身創痍のまま互いを支え合い、決して開くことのない帰り道の前で、静かに次の襲撃に備えて立ち塞がり続けていた。




