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静寂と鉄の匂い

耳を劈くような警報アラートも、金属が削り合う不快な轟音も、今はもう聞こえない。

無菌室のように純白だった空間は、今や無数の「神の甲冑」と新型機の残骸で埋め尽くされ、機体の関節部から噴き出した冷却ガスが薄い霧のように立ち込めていた。


焦げたオイルと、焼け焦げた電子回路の匂い。

激闘を終えた空間に響くのは、限界まで酷使されたアサルトフレームのエンジンが熱を逃がす、シューッという静かな排気音だけだった。


「……周囲への警戒は怠るな。だが、第一種戦闘態勢は解除する」


和泉の声が全体通信に流れると、張り詰めていた空気が一気に弛緩した。

あちこちから、極度の緊張から解放されたパイロットたちの深い安堵の息と、疲労を隠しきれない声が漏れ聞こえてくる。


『和泉。被害状況の集計が終わったぞ』

支援機のコックピットから、小島が大きなため息交じりの声を通信に乗せてきた。

『大破・行動不能が七十三機、中破が四十二機。まともに動けるのはお前ら前衛を中心とした三十機程度だ。……まったく、データ上じゃ全滅しててもおかしくない絶望的な確率だったんだぞ。お前ら、本当に心臓に悪い連中だ』


呆れたような小島の言葉には、しかし、誰一人死なせなかった和泉たちへの深い安堵と絶対的な信頼が滲んでいた。


「上出来だ。死人が出てねえなら、機体の二つや三つ安いもんだろうが」

源田が、刃こぼれだらけになった大剣を床に突き立てながら笑い飛ばす。


実際、あれほどの絶望的な包囲網を戦死者ゼロで凌ぎ切ったのは、奇跡以外の何物でもない。

だが、彼らはただ奇跡に酔いしれるような甘い集団ではなかった。


「おい、第五小隊! 俺の右脚のシリンダーはまだ生きとる! 持ってけ!」

「すんません! 代わりに俺の左腕の予備弾倉、全部置いていきます!」


和泉が指示を出すまでもなく、動けない機体のパイロットたちが、自力で動ける機体へと無事なパーツや弾薬を融通し始めていた。共食い整備カニバリゼーション。使えるものは何でも使い、一機でも多くの戦力を再構築する。誰一人見捨てないために、誰もが自分の役割を淡々とこなしていた。


和泉はその泥臭くも頼もしい光景を眺めながら、機体をある一機の元へと歩ませた。

全身の装甲が焼け焦げ、関節部から火花を散らしている佐々木の機体だ。


「……佐々木」

和泉の呼びかけに、装甲の隙間から細く蒼い光の余韻を漏らしていた機体が、ゆっくりとこちらを向く。


「大隊長……。俺、やりましたよ」

通信越しに聞こえる佐々木の声は、ひどく疲弊していたが、以前のような暗い陰りはどこにもなかった。


「ああ。お前が壁にならなきゃ、後衛は全滅してた。見事な盾だったぞ」


和泉が称賛を送った直後、横から赤い機体――酒井が、不満げに鼻を鳴らして割り込んできた。

「チッ……ガチガチの盾にしやがって。俺が『紅』の力で突っ込む前に、敵が全部弾き飛ばされてただろうが。出番食いすぎなんだよ、佐々木」

文句を言いながらも、酒井の機体は佐々木の肩装甲を労うようにガコンと叩く。途中から戦線に合流した酒井にとっても、あの蒼い盾がなければ自部隊の被害が拡大していたことは明白だった。


「……新型の刃が振り下ろされた瞬間、山本の背中が見えたんです」

酒井の乱暴な労いを受けながら、佐々木がぽつりと呟いた。

「あの時、炎の中で俺を庇ったあいつの背中が。……ずっと、俺を縛り付けていた後悔だった。でも、今日やっとわかったんです。あいつは俺に呪いをかけたわけじゃない。『生きて、次はお前が誰かを護れ』って、そう言って背中を押してくれてたんですね」


佐々木が見出した『蒼』の光。それは、死んでいった戦友の思いを、自らの力へと昇華させた証だった。


「ったく、大隊長の『紫』に酒井中隊長の『紅』、それに佐々木まで『蒼』ときましたか。派手でいいですねぇ」

飄々とした声で通信に割り込んできたのは、身軽な機動で前衛を支えていた石井だった。

「俺なんてただ速く動いて斬るだけですからね。地味で困りますよ。……まあ、まだ底を見せるようなタマじゃありませんが」


「ボヤくな石井。俺たちみたいな古参が地味に仕事をしてるからこそ、あいつらが派手に暴れられるんだ」

歴戦の岩本が、冷静な声で石井をたしなめる。

「……とはいえ、後輩にこれだけ差を見せつけられて、黙って引き下がるつもりもないがな。大隊長、次のステージでは俺たちの『本当の力』にも期待しておいてくださいよ」


石井と岩本。まだ己の限界を引き出していない古参兵たちの言葉には、焦りではなく、研ぎ澄まされた刃のような静かな闘志が宿っていた。


「頼もしいことだ。……全員、その意気で頼むぞ」

和泉は頼もしい部下たちの顔を思い浮かべながら、小さく笑みをこぼした。


「だが、油断するなよ。この空間の『防衛システム』は完全に沈黙させたが、まだここは敵の腹の中だ。俺たちがやるべきことは終わっちゃいない」


和泉の言葉に、周囲の空気が再び引き締まる。

今はほんの束の間の休息に過ぎない。満身創痍の部隊で、この先どう立ち回るのか。和泉は未だ全容の見えない純白の空間の奥を見据えながら、次なる一手を静かに練り始めていた。

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