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深淵への門と、待つ者たち

「和泉。あったぞ……ビンゴだ!」


野戦修理が急ピッチで進められる中、小島から弾んだ声が通信帯に飛び込んできた。

撃破した「神の甲冑」の残骸に有線接続し、防衛システムのネットワークを逆探知していた彼の執念が、ついに実を結んだのだ。


「この空間のさらに奥……それが『心臓部コア』かどうかまでは分からないが、膨大なデータトラフィックが一点に集中している。おそらくこいつの『中枢』だ。そこへ至るルートの割り出しに成功した。ここを叩き潰せば、このデカブツは完全に機能停止するはずだ」

「でかした、小島。……だが、何か裏があるんだろう?」


和泉の冷静な問いに、小島は少しだけトーンを落として答える。


「ああ。ここから先は、極濃度のジャミング領域だ。レーダーも光学センサーも使い物にならなくなる。厄介なのは、この影一つない『真っ白な空間』がそのまま中枢まで続いていることだ。計器が狂った状態で、遠近感すら狂う純白の迷牢を進むことになるぞ」

「純白の迷牢、ね。……上等だ」


和泉は操縦桿を握り直し、全軍へ向けて通信を開いた。

「聞いたな、お前ら。これより本隊は目標である『中枢』の破壊へ向かう。……突入するのは、自力での全力戦闘が可能な三十機だ。俺たちの直掩小隊、菅野の第三、杉田の第四小隊。小島、酒井、金子、お前たちのとこの動ける精鋭たち。それに片倉のところから三機借りる。……以上、三十機編成で行く」


明確な部隊編成の指示。それは同時に、過半数を超える百数十機の「動けない者たち」を、この場に残していくという宣言だった。


事実上の『切り捨て』である。

もし和泉たちが中枢で敗れれば、この場に残された動けない者たちに生き延びる術はない。これは前衛の機動力と生存率を上げるための、残酷な戦場のトリアージだ。その事実を、この場にいる誰もが痛いほど理解していた。

だが、その残酷さを補って余りあるほどの絶対的な『信頼』が、彼らの間にはあった。


「片倉。……後方は任せるぞ」

和泉が名指しで声をかけると、脚部を完全に破損し、壁際に機体を固定していた中隊長の片倉が、力強い声で笑った。


「勘違いしないでくださいよ、大隊長。俺たちは『置いていかれる』わけじゃありません。……俺たちは、ここで『待つ』んです」


その言葉に呼応するように、動けない機体たちが次々と駆動音を鳴らし、互いの巨体を寄せ合って強固な防衛陣地ベースキャンプを構築し始めた。

片倉の指揮のもと、武装の生きている機体が外周を固め、完全に沈黙した機体をバリケードとして配置していく。それは、決して崩れることのない鉄の城塞だった。


「俺たちがこの空間を死守して、大隊長たちが帰ってくるための『帰り道』を確保しておきます。だから、後ろは一切気にせず、中枢をぶっ壊してきてください。俺たちはここで、アンタたちが勝利して帰ってくるのを待ってますから」


置いていかれるのではない。彼らは自らの意志でこの場に残り、最前線で戦う仲間たちの「帰る場所」を創り上げるという、極めて重要な任務を背負ったのだ。全員が同じ勝利の未来を見据えているからこその決断だった。


「……ああ。頼んだぞ、片倉。お前ら全員な」

和泉は短く応え、鉄の城塞と化した仲間たちに背を向けた。

言葉は少なくとも、そこに通い合う信頼は揺るぎない。背後を護る彼らがいるからこそ、和泉たちは一切の迷いなく、最も危険な深淵へと足を踏み入れることができる。


「行くぞ。遅れるな」

和泉を先頭に、酒井の紅い機体、金子の支援機を含めた三十機の精鋭たちが純白の空間の最奥――小島が開いた「最終ゲート」へと進み出た。


重々しい駆動音と共に、巨大な隔壁がゆっくりと左右に開いていく。

その先に広がっていたのは、これまでの空間と寸分違わぬ、影一つない無機質な純白の回廊だった。暗闇ではない。明るすぎるがゆえに何も見えない、狂気の空間。


一歩足を踏み入れた瞬間、全機の計器類が一斉にノイズを発し、戦術レーダーの光点が乱れ飛んだ。

小島の警告通り、凄まじい密度のジャミングが彼らの「目」と「耳」を容赦なく奪っていく。


「センサーの感度を限界まで落とせ。計器より己の直感と、味方の駆動音を信じろ」

和泉の声だけが、有線レベルの近距離通信帯で辛うじて届く。


振り返れば、背後のゲートがゆっくりと閉ざされていくところだった。その隙間の向こう側に、自分たちを信じて待つ片倉たちの確かな気配を感じながら、和泉は真っ白な回廊へと視線を戻す。


人類の誇る三十の牙は、神の構造物の最も深く、最も狂気に満ちた深淵へと歩みを進めた。

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