突破
「遅えぞ、お前ら。……待ちくたびれたぜ」
和泉の不敵な軽口に、通信帯から源田が獰猛に鼻を鳴らす音が返ってくる。
「大隊長が一人で全部食っちまうかと思って、少し焦ったぜ」
真っ白な空間の中央。和泉機の周囲には、彼が一人で解体した重装甲の残骸が転がり、未だ無傷で稼働を続ける「神の甲冑」は、残り八体となっていた。
「小島、金子! 動けない連中の回収と陣形の立て直しを急げ!」
和泉が全体へ指示を飛ばす。被害は抑えたとはいえ、部隊の半数以上が満身創痍だ。残る敵を確実に屠るため、和泉が再び機体を前へ進めようとした、その時だった。
鋭い駆動音と共に、七機の牙が当然のように和泉の横へと飛び出してきた。
巨大な剣を肩に担ぐ源田。
無敵の蒼き盾を纏う佐々木。
寡黙に鉄拳を構える伊達。
身軽な機動で刃を弄ぶ石井。
歴戦の技量を持つ第三小隊長の菅野、第四小隊長の杉田。
そして、幾多の死線を潜り抜けてきた岩本。
和泉機を含め、横一列に並んだ総勢八機。
奇しくもそれは、残存する敵の数と全く同じだった。八対八。人類の誇る最強の騎士たちが、神の騎士たちと真っ向から対峙する陣形をとる。
和泉はふと、メインカメラ越しに背後を一瞥した。
そこにあるのは、己の役割を完全に理解し、全うしようとする誇り高き牙たちの姿だった。
動けない機体を護るために、カバーに回れる者たちがその周囲を固め、強固な陣形を敷いている。彼らは決して怯えて守りに入っているわけではない。自分たちが背後を死守することで、前衛が一切の憂いなく目の前の敵を粉砕することだけに集中できる環境を作っているのだ。
カバー射撃が可能な機体はすべて、ボロボロの装甲を盾にしながらも、残された火器とセンサーを真っ直ぐに「前」――和泉たちが対峙する八体の敵へと向けていた。
傷ついた仲間を護るために壁となる者。背中を完全に預け、前衛として敵を叩き潰す者。
立ち位置も役割も違う。だが、その場にいる百五十の牙たちは、誰一人として心が折れていない。前衛も後衛も、全員が寸分違わぬ同じ「勝利」という未来だけを見据えていた。
『――……』
和泉の脳内で、王の思念が言葉を失ったように沈黙した。
先ほどの対話で和泉が宣言した通りだった。彼らは物理的な距離こそ違えど、その魂と闘志は完全に死の泥濘を駆け抜け、和泉の「横」へと辿り着いていたのだ。
王の孤独な力などなくとも、この群れはどこまでも強く、誇り高い。
(な? 言っただろ)
和泉はコックピットの中で、内なる王へ向けて心の底から誇らしげに笑った。
(俺の仲間たちは、最高に強いんだ)
王はもはや何も言わなかった。ただ、その強大な力が和泉の意志に完全に寄り添い、紫の光となって機体をより一層力強く、そして穏やかに包み込む。
「……ああ、そうだな。誰一人置いていかねえ」
和泉は操縦桿を強く握り直し、全軍へ向けて静かに、だが絶対的な熱を帯びた声で告げた。
「行くぞお前ら! この鉄屑どもをスクラップにして、俺たちの空を……未来を奪還するぞッ!!」
その号令に言葉で応える者はいない。だが、前衛の八機、そして背後で彼らを支える満身創痍の仲間たちが、一斉に最大出力でスラスターを吹かした。百五十機の牙が同時に放つ、真っ白な空間を激しく震わせるほどの獰猛な駆動音。それこそが、人類の誇り高き雄叫びだった。
眼前の八体の「神の甲冑」が巨大なブレードを振り上げ、無機質な突進を開始する。
「退けェッ!!」
真っ向からの激突。
源田の大剣と伊達の鉄拳が、先頭の二体を真正面から受け止め、強引に姿勢を崩させる。佐々木が蒼き盾で敵のカウンターを完璧に弾き返し、生じた隙間へ石井、菅野、杉田、岩本が流れるような連撃を叩き込んでいく。
そして、和泉の紫の一閃が、分厚い装甲を紙のように切り裂いた。
さらにその後方からは、小島のデータリンクによる完璧なタイミングで、金子や片倉たちの援護射撃が敵の死角へと撃ち込まれる。
前衛の八機が死闘を演じる隙間を縫うように、一寸の狂いもなく飛来するカバー射撃。前線で戦う和泉たちへの絶対の信頼と、背後を護る仲間への絶対の信頼がなければ不可能な、魂の連携だった。
物理的に前へ出た者たちだけではない。満身創痍の百五十機すべてが一つに繋がった総力戦。
役割を全うし、未来を渇望する人類の圧倒的な意志の波が、神の防衛システムを完全に飲み込んだ。
ガァァァァンッ!!
最後の一体が、和泉たち八人による重層的な連撃と後方からの砲火を浴びて原型を留めないほどに破壊され、轟音と共に崩れ落ちた。真っ白な床に黒いオイルの染みが広がり、今度こそ完全に沈黙する。
静寂が降りた。
アラートの鳴り止んだ空間で、荒い駆動音とパイロットたちの息遣いだけが響く。
「……全機、撃破」
通信帯に響く小島の声は、その奇跡的な事実を深く噛み締めるような響きを帯びていた。
「バリア内の負傷者を含め……戦死者、ゼロです!」
その言葉が流れた瞬間、どっと安堵の息と、押し殺したような歓喜の波動が広がった。
三十体の重装甲機、五十体の新型機。絶対の絶望と思われた神の胎内の防衛陣を、彼らは誰一人欠けることなく、完全な連携で突破してみせたのだ。
和泉は紫の光を収め、機体を振り返らせた。
そこには、ボロボロになりながらも己の役割を全うし、和泉と同じ目線で奪還すべき未来を見据える仲間たちの姿があった。孤独な王ではなく、彼らと共に在る一人の指揮官として、和泉は力強く頷いた。




