乱戦
警報の不快な電子音が、通信帯を埋め尽くしていた。
無菌室のように純白だった空間は、今や機体の駆動系から噴き出す黒いオイルと、ひしゃげた装甲の破片、そして火花に塗れ、凄惨な地獄絵図へと変貌していた。
「右脚をやられた! スラスター出力低下!」
「カバーに入る! そのまま小島少佐の陣地へ後退しろ!」
超高速で空間を滑る新型機が陣形を乱して機動力を奪い、足の止まった獲物を重装甲の「神の甲冑」が確実にすり潰す。二つの異なる脅威が完璧に噛み合った防衛システムは、人類の泥臭い連携を容易く分断し、戦場は凄惨な乱戦へと陥っていた。
一万メートルの空を駆け上がってきた百五十五機の牙のうち、すでに四分の一にあたる四十機近くが自力での行動が不可能な状態まで破壊されていた。残る機体の半数も、腕を失い、カメラを潰され、あるいは装甲を剥がされて一部の機能が正常稼働していない。
五体満足でまともに戦える機体は、和泉中隊の古参兵を中心としたわずか四十機程度にまで激減していた。
だが、この絶望的な泥濘の中で、一つの奇跡が起きていた。
あれほどの猛攻を受け、機体がバラバラに解体されながらも――戦死者は、未だ「ゼロ」だった。
重装甲機がトドメの刃を振り下ろす瞬間、自らの機体を盾にしてでも味方を突き飛ばし、あるいはワイヤーでコックピットだけを強引に引き抜いて救い出す。
「絶対に誰も死なせない」。その狂気じみた総員の意志と絆が、神の完璧な殺戮システムを前にしてなお、命の境界線をギリギリで死守し続けていた。
自力で動けなくなった機体は、最後尾で展開する小島の支援部隊のバリア内へと次々に引きずり込まれていた。彼らはそこで大人しく保護されるわけではない。小島たち支援機を核とした防衛フィールドの内側から、生き残っている火器を寄せ集めて固定砲台となり、動ける者たちと連携して何とか新型機の接近を阻む迎撃陣地を形成していた。
「クソッ、ジリ貧だぞ! このままじゃバリアごと押し潰される!」
源田が敵の斬撃を分厚い刃で受け流しながら、血を吐くような声を上げる。
和泉は和泉機の中で、荒い呼吸を繰り返しながら戦術マップを睨みつけていた。
被害は抑えているが、このまま乱戦に付き合えば数分以内に防衛線が崩壊し、全滅する。打開策はただ一つ。機動力を奪う「新型機」と、確実に仕留める「神の甲冑」。この二つの連携を引き剥がすしかない。
「……源田、小島。聞こえるか」
和泉の低く、しかし絶対的な意志を帯びた声が、全体通信の回線を通じて残存する「すべての機体」に響いた。
『大隊長!』
『和泉、何か手があるのか!?』
「ああ。……今から俺が、重装甲(甲冑)どもを全機、向こう側へ引き離す」
和泉の信じられない提案に、通信の向こうで源田たちが息を呑むのがわかった。残り十七体の、単機でも大部隊を圧倒できる神の甲冑。そのすべてを、和泉一人で相手にするというのだ。
「その間に、お前たち残存戦力の全機で、ちょこまか動く新型どもを片付けろ」
『無茶言うな和泉! あの重装甲の群れを一人で相手にして、ただで済むわけねえだろ!』
源田の叫びを、和泉は静かに遮った。
「俺の心配はいらん。……タイムリミットは『三分』だ。お前たちならやれるな? 三分で奴らを片付けろ」
和泉の言葉には、自分は絶対に保たせるという覚悟と、仲間たちへの絶対の「信頼」が込められていた。
『……ハッ。ナメるなよ大隊長』
通信越しに、源田の獰猛な笑みを含んだ声が響いた。
『あのガチガチの重装甲どもがいないなら、三分もいらん。二分でカタをつけるぞ』
源田は即座に全軍へ向けて号令を飛ばす。
『動ける者たちは再度陣形を立て直せ! 金子中隊を主軸にして弾幕を張る。酒井、片倉! お前たち近接部隊で、ちょこまか動く新型どもを小島が指定するポイントへと動かせ! 誘導して一網打尽にするぞ!』
『了解ッ!!』
『行くぞォォッ!!』
仲間たちの気迫に満ちた声を聞き届けると、和泉は右手の指輪に意識を集中させた。
精神の奥底で和泉機のコアと深く同調し、己の内側で巨大な力を練り上げていく。全身の血管が沸騰するような熱が駆け巡り、機体の装甲の隙間から、紫色の生体エネルギーがこれまで以上に激しく噴き出し始めた。
その直後だった。
真っ白な空間を支配していた空気が、和泉機を中心にして唐突に、異常なほど重く張り詰めた。
それは物理的な重力ではない。
かつてこの星を蹂躙した『王』としての、絶対的な威圧感と強烈な「圧力」の解放だった。
「……こっちだ、鉄屑ども。お前たちの敵は俺だ」
和泉機から放たれた圧倒的な存在感が、空間全域へと波及する。
その瞬間、味方の陣形を蹂躙していた十七体の「神の甲冑」たちの動きがピタリと止まった。感情を持たないはずの冷徹な防衛システムが、和泉の放つ規格外の『王の力』を「最優先で排除すべき最大脅威」として強制的に認識したのだ。
純白の守護者たちは、トドメを刺そうとしていた味方機から一斉に刃を収め、まるで磁石に吸い寄せられるかのように、すべての殺意とセンサーの光を和泉一人へと向けた。そして、不気味なほどの統制で和泉機の眼前へと歩みを進めていく。
和泉が自らの命を餌にして作り出した、起死回生の状況。厄介な重装甲機がすべて引き剥がされたことで、乱戦状態だった人類側に明確な「陣形」が戻った。
和泉機は、殺意を向けて迫ってきた甲冑の先頭の一機に、無音の踏み込みから紫の刃を容赦なく突き刺す。強固な装甲が砕ける重低音。
和泉はそのまま機体の推力を爆発させ、串刺しにした巨大な敵機を、背後に密集して向かってくる甲冑の群れへと向けて力任せに投げ飛ばした。




