関門反攻作戦2
司令部の大型スクリーンに映し出される、燃える関門橋と無数の熱源反応。
「……正気か、和泉」
小島は、通信機から聞こえた信じがたい作戦案を反芻し、乾いた唇を噛んだ。
成功率は、計算するまでもなく絶望的だ。だが、この「槍」を投げなければ、明日の朝日はこの国には昇らない。小島はやるべきことを理解していたが、その一撃が失敗した先に待つ地獄――この国が蹂躙される光景――が、肌を焼くような熱量で迫っているのを感じていた。
市ヶ谷の参謀本部からは、状況報告と責任追及を混ぜたような通信が鳴り止まない。他の駐屯地へ応援を要請しようにも、通信網は混濁し、時間も、それを差配する手も圧倒的に足りなかった。連れてきた人員では、もはや物理的な限界があることは明白だった。
現場は、和泉と山本が先行し、残ったアグレッサーたちが防波堤となっている。負傷者は増え続け、避難が遅れた民間人の列が兵力の運用を妨げていた。
(俺が命令したところで、彼らは動くのか……?)
和泉の部下たちは、和泉という男を狂信的なまでに信頼している。だが、自分はどうだ。自分に、彼らの命を賭けろと命じる資格があるのか。国を守るために非情な命令を下さねばならない葛藤の間で、小島の心は軋んだ。
その時だった。司令室の重い扉が蹴破るような勢いで開き、十数人の隊員たちがなだれ込んできた。
小島が呆気に取られていると、彼らは手に持った握り飯とお茶を、疲れ果てたオペレーターたちや小島の机に無造作に放り出した。挨拶も、状況説明もない。
「……何だ、貴様たちは」
小島の問いを無視し、機体整備で油まみれの男が、空いている端末に強引に割り込んだ。別の者は私物のラップトップを司令部のシステムに直結させ、凄まじい速度でキーを叩き始める。
彼らはただ、和泉からの通信を聞き、ここに来た。それだけだった。その迷いのない背中を見た瞬間、小島の脳裏に和泉と飽きもせず繰り返した軍事シミュレーションの盤面が鮮烈に蘇る。
(……そうだ。あいつなら、ここでこう動く)
小島は瞬時に思考を切り替えた。彼らが持ち込んだ現場の情報を、司令官としての広域戦術眼で整理し、より早く、適切に運用を回すための設計を構築し始める。
「呉の海上艦艇、すでにこっちへ向かってる。到着まで1時間以内だ。迎撃には間に合う」
「神戸あたりまでは四国防衛のために残せ。代わりに岡山から鳥取の空自・海自、これ全部こっちへ回すぞ。予備役もだ。今回の作戦に全火力を収束させる」
地図の上に新たなマーカーが次々と書き加えられていく。小島は彼らとリアルタイムで情報を共有し、市ヶ谷からの雑音を遮断しながら、支援要請と報告を矢継ぎ早に回していった。
その時、スピーカーから混線するノイズと共に、現場の切迫した怒声が重なり合って流れ込んだ。
『……防衛班! レールガンの蓄電が追いつかない! 作戦開始と同時に最大出力で集中させるには、今の電圧じゃ足りないぞ! 整備班、付近の施設からラインを強引に引き込めないか!?』
『第3小隊は……一射ごとに砲身が焼ける想定で予備を調整している! だが、敵が突っ込んできたら一分も持たずに抜かれるぞ! 補給コンテナの指定地点を更新した、最優先で回せ!』
『……こちら……補助エンジンのノッキング……いや、発射後やサポートの際に冷却材が確実に足りなくなる! 予備も併せて持ってきてくれ! 頼む!』
司令室に飛び込んできた男たちが、マイクをひったくるようにして怒鳴り返す。
「防衛班、回路を直列に繋ぎ変えろ! 市内の変電所を叩き起こして出力をこっちへ向かわせる! 回線図は今送った!」
「交換用砲身と冷却材は、今空自で輸送させている! あと15分でバンカーの横に来るから取りに来い! ロスタイムは無しだ!」
和泉の部隊が、最悪の事態を見据え、現場で「槍」の切れ味を極限まで研ぎ澄ませている。
「ぼさっとしてる暇はありませんよ。中隊長がやるって言ったら、やる男だ。俺たちはその道を作る」
油まみれの男が、画面から目を離さずに言い放つ。彼らは小島を「信じている」のではない。小島が「和泉と同じ戦場に立つ男」であることを当然の前提として、自分の役割を全うしているのだ。
小島は迷いを捨て、投げ出された握り飯を一つ掴むと、それを胃に流し込んだ。
「全オペレーター、全セクションへ命令。これよりカウントを開始する。時計を合わせろ。一秒のズレも許さない」
小島の声が、司令室の空気を裂く。
「この国を救うための、たった一度の連撃だ。和泉たちが切り開く道をサポートして、絶対にここを守り抜くぞ!」
その号令に、司令室中の全員が、これまでにない地鳴りのような了解を返した。
関門海峡に、最初にして最後の反撃の刻が迫っていた。




