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紅の覚醒

金属が軋み、限界を超えて砕ける甲高い音が、真っ白な空間に響き渡った。

酒井の全霊を乗せたヒートブレードの刺突が、神の甲冑の胸部装甲に確かに食い込んでいた。


だが、敵もただの的ではない。

純白の守護者は胸部に致命的なダメージを受ける直前、その人間離れした反応速度で機体を強引に後傾させ、酒井の刃から逃れるように大きく後方へと跳躍した。


「逃がすかッ!!」


酒井の背後に続いていた近接部隊の一機が、体勢を崩した敵を仕留めようと、スラスターを吹かして追撃に飛び出した。


「待て! 深追いすんな!」

酒井が叫ぶが、一瞬遅かった。


部下の機体が敵にブレードを振り下ろそうとしたその死角。真っ白な空間に溶け込むような無音の軌道で、別の純白の守護者が横合いから滑り込んできたのだ。


「――ッ!?」


鋭い手刀のような斬撃が放たれる。

部下は極限の反射神経で機体をよじり、コックピットへの直撃だけは辛うじて避けた。しかし、肩口から胸部にかけての装甲を深く切り裂かれ、火花を噴き上げながら大きく体勢を崩してしまう。


「がはッ……!」

スラスターの制御を失い、無防備な姿を晒す部下の機体。

そこへ、純白の守護者が感情の欠片もない冷徹な動作で、トドメの刃を振り上げた。


回避も防御も間に合わない。部下が死を覚悟した、その刹那。


鼓膜を震わせる凄まじいスラスターの爆音と共に、空間を圧するような爆発的な推力で、酒井の機体が二機の間に割って入った。


「俺の部下に、触んじゃねえええええッ!!」


酒井のコックピットの中。

極限の焦燥と、仲間を殺させないという狂気じみた執念の中で、酒井の瞳が特異な輝きを放っていた。

それは和泉の瞳に宿る、万物を統べるような『王の紫』ではない。純粋な闘争本能と、命を燃やすような怒りが具現化した、荒れ狂う『あか』だった。


酒井の右腕のヒートブレードが、その瞳と同じ鮮烈な赤い光を帯びて巨大に膨張する。


敵機が迎撃しようと刃を振り下ろすよりも速く。

赤い残像を残しながら、酒井のブレードが真横に薙ぎ払われた。


分厚い装甲が断ち切られる重低音が響き渡る。

真っ白な世界に、強烈な紅の閃光が走った。

先ほどまで和泉の紫の刃すら弾き返していたあの「神の甲冑」が、酒井の振るった熱線の刃によって胴体から真っ二つに切断されていた。


上半身と下半身が泣き別れになった純白の機体が、機能停止して床に崩れ落ちる。一刀両断だった。


「や、やった……! 隊長……!」

命拾いした部下が震える声を上げる。


だが、極限を超えた一撃の代償はあまりにも大きく、酒井自身に重くのしかかっていた。


「……ハァッ、……クソが……」


未曾有の覚醒。その急激な反動によって酒井の意識が一瞬飛びかけ、コックピットの中で激しくふらつく。主の不調に呼応するように、機体が力なく前へと傾いた。


その隙を見逃す純白の守護者たちではない。

三体の敵機が、ふらつく酒井と部下へ向けて一斉に襲い掛かってきた。


『――下がれ酒井ッ!!』


空間を揺るがす爆発音と共に、三体の敵機の目の前に大口径のライフル弾とミサイルの弾幕が叩き込まれた。金子中隊からの、寸分違わぬ精密な援護射撃だ。


光と爆炎が敵の視界と機動を完全に塞いだ直後。

後方から凄まじい勢いで滑り込んできた片倉の機体が、体勢を崩した酒井の機体の肩を、そして片倉中隊のもう一機が部下の機体の肩を、力任せにガシリと掴み込んだ。


「酒井。なんだいまのは? かっこつけすぎだが、いったん立て直すぞ」


片倉はそのままスラスターを逆噴射し、追撃してくる敵から大きく距離を取るように、酒井たちを強引に引きずり戻した。


弾幕を凌いだ三体の純白の守護者たちは、片倉たちに距離を取られたことで、まるで映像が一時停止したかのように不自然にピタリと動きを止めた。


そして奴らが次にとった行動は、人類の常識と倫理を根底から凍りつかせるものだった。


奴らは、進路を塞ぐように真っ二つになって転がっている「機能停止した仲間の骸」を、避けるでもなく――ただの『少し隆起しただけの床』として踏み躙って歩き出したのだ。


無機質な純白の足が、つい数秒前まで連携していた同胞の顔面や胸部装甲を、なんの躊躇いもなく踏み砕いていく。バキィッ、という無惨にひしゃげる音にすら、奴らは微塵も反応しない。足元へは一度も視線を落とすことなく、ただ冷徹なセンサーの光を真っ直ぐに人間たちへと向け続けていた。


憎悪も、怒りもない。ただ、そこにあるのは命の概念すら存在しない圧倒的な「無理解」。

そのあまりにも異質で冷酷な振る舞いに、歴戦のパイロットたちでさえ背筋に張り付くような根源的な恐怖を覚えた。


「……ハッ。わりぃ、助かった……」

酒井が荒い息を吐きながら、恐怖を振り払うようにモニター越しに片倉と金子へ笑いかける。


倒れた同胞を無造作に踏み砕く、命の概念を持たない純白の守護者たち。

それに対し、仲間一人を護るために己の限界を超えて覚醒した喧嘩屋の赤い牙と、互いを絶対に死なせないと誓い合う泥臭い人間の繋がり。


感情を持たない冷徹な機械の論理と、命を燃やす不格好な鋼の群れ。

その対極の存在同士が激突する純白の空間で、彼らは今、完全に戦場の理を覆し始めていた。

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