神の甲冑
真っ白な無音の空間。
そこに静かに佇む人型のシルエットたちが、ゆっくりとその輪郭を露わにした。
滑らかで、一切の継ぎ目がない純白の装甲。それはまるで、「神」と呼ばれる母艦の中枢を外敵から守るためだけに誂えられた、無機質で神聖な甲冑のようだった。
数は三十体ほど。だが、そこから放たれる殺意には威嚇の動作もなく、ただ静かに、確実な死を約束する冷たい波となって百五十五機へと這い寄ってくる。
威圧感を切り裂くように、和泉のアグレッサーが一歩前へ出る。
源田の機体、そして初期からの和泉中隊の面々が最前線へと広がる。伊達の機体がアグレッサーの隣に並び、無骨な鋼の拳で自らの胸部装甲を二度叩いた。「自分たちがいる」という無言のメッセージだった。
和泉は、先ほど指輪に宿った王の力によって限界を突破し部隊を引き上げたが、肉体へのダメージがすべて消え去ったわけではない。コンマ数秒の機体の初動の遅れ。彼がまだ全開まで回復しきっていないことを、古参の仲間たちは正確に察知し、その隙間を埋めようとしている。
『……行くぞ』
和泉の短い声と共に、純白の守護者たちが無音の跳躍で襲い掛かってきた。
空間を揺るがすような金属の激突音が、真っ白な世界に響き渡る。
和泉が振るう紫の刃は敵の死角を正確に捉えるが、敵の甲冑の表面を薄く削るだけで、致命傷には至らない。敵機は傷を負いながらも怯むことなく、和泉の懐へと入り込もうとする。その速さ、重量、機動の精密さは桁違いだった。
源田もまた、重厚な刃を叩きつけ、圧倒的な膂力で敵を弾き飛ばすが、その純白の装甲には欠け一つ生じていない。
「……硬度が今までとは比にならん。総員、気合を入れ直せッ!」
源田の号令に、佐々木、石井、伊達が即座に呼応し、敵の重い一撃をいなし、押し返し、無言の壁となって和泉の死角を塞ぎ続ける。
だが、敵の冷徹な刃は最前線だけでなく、他の中隊にも等しく向けられていた。
死の跳躍で疲弊し、武装や装甲を削り落とされている各中隊のパイロットたちは、この異次元の機動を前に防戦一方となっていた。初動で回避行動を取らざるを得ず、戦線が徐々に後退していく。
その結果、まともに立ち回れている和泉たちだけが最前線に突出し、敵によって孤立し、囲まれ始めていた。
「……見てる場合じゃねえ! クソッ、このままじゃ大隊長たちが完全に囲まれるぞ!」
酒井が叫び、孤立した和泉たちの元へ飛び出そうとした。
だが、その時だ。
「待て酒井! お前一人が突っ込んでもあの装甲は抜けない! 俺たちの連携で隙を作るぞ、バラバラに動くな!」
片倉の鋭い制止の声が響いた。
その言葉に被せるように、後方から小島の張り詰めた声が通信帯に割り込む。
『片倉の言う通りだ! 各中隊、機動力を失った機体や武装が限界の機体は、今すぐ俺の支援部隊の元へ下がれ!』
小島の率いる後方支援機が、素早く最後尾に展開していた。
『俺たちが予測データを使って防衛フィールドを構築する! 下がった奴らは俺たちの支援機にコアを直結させろ! お前たちの残存エネルギーで、バリアの出力を限界まで引き上げるんだ! 傷ついた奴らは俺たちが守る! 動ける奴らは、前へ出ろ!』
小島の言葉に、中隊長たちの迷いが完全に吹っ切れた。
「了解です! 第一小隊、第二小隊、後退して小島少佐のバリアにコアを繋ぎなさい! 残る者は、酒井中隊長たちの攻撃に合わせて一斉掃射! 敵の体勢を崩します!」
金子が的確に部隊を二分し、残存火力を酒井のアシストへと集中させる。
「俺の部隊もだ! 第一小隊、金子中隊の援護射撃に合わせろ! 第二、第三小隊は酒井と金子の死角を死守! 奴らに背後を突かせるな!」
片倉が小隊ごとに緻密な防御指示を飛ばし、戦線の綻びを埋めていく。
「それ以外の動ける奴らは、単機で挑むな! 複数でかかれ! 金子と俺の援護の元、一気に距離を詰めてブレードを叩き込むぞ! 誰一人、大隊長たちの足を引っ張るんじゃねえぞ!」
完璧な連携によって生み出された、コンマ数秒の敵の隙。
金子中隊の一斉掃射が敵の視界と姿勢を揺さぶり、片倉中隊がその死角を完璧にカバーする。
その決定的な瞬間に、酒井の機体が爆発的な推力で純白の空間を蹴り飛ばした。
「らあああああッ!!」
酒井の目は、極限の死闘と仲間たちのサポートの中で、不思議なほど澄み切っていた。
ただ力任せに突っ込むのではない。敵の装甲の曲面、関節の僅かな可動域、そして機動の「重心」。これまで見えなかった戦場の情報のすべてが、直感となって彼の脳を駆け巡る。
「硬ェなら……一点に全部乗せりゃいいんだよッ!」
酒井は右腕のヒートブレードへのエネルギー供給リミッターを完全に解除した。刃が臨界を超えて白熱し、機体の右腕そのものが熱で溶け始めるのも構わず、酒井は敵機の胸部装甲の極小の「継ぎ目」へと、全速力の刺突を叩き込んだ。
金属の軋む音が、真っ白な空間に響き渡った。
神の甲冑に、喧嘩屋の意地の刃が深く食い込んでいた。




