見えた腹
高度一万メートル。
雲海を完全に抜け、氷点下の極寒と薄い空気に支配された成層圏の入り口。
和泉たちの眼前に広がっていたのは、空ではなく、視界のすべてを覆い尽くすほどの広大な銀色の「大陸」だった。
母艦の巨大な底部装甲。
地上から見上げていた時には想像もつかなかったその圧倒的な質量と幾何学的な構造が、手を伸ばせば届くほどの距離に迫っている。
ズガガガガガガッ!!
当然、母艦側もただ黙って彼らを迎え入れるわけではない。至近距離となった無数の砲座から、生き残った百五十五機を消し炭にすべく、凄まじい密度のレーザーとプラズマ弾が掃射される。
だが――今の彼らに、焦りはなかった。
「……弾かれている。いや、逸らされているのか……?」
源田が、メインモニター越しにその光景を見て息を呑む。
百五十五機を包み込んでいる、アグレッサーから放たれた透き通るような紫の翼。
先ほどまで和泉の命を削って展開されていた荒々しい防壁とは全く違う。敵の砲火がその光の境界に触れた瞬間、まるで水面に落ちた波紋のようにエネルギーが霧散し、あるいは滑るように軌道を捻じ曲げられていくのだ。
コックピットの中で、和泉は自身の内側を巡る「力」の変質を感じ取っていた。
精神の深淵で『王』と交錯し、その覚悟を叩きつけた結果。アグレッサーのコアから引き出される生体エネルギーは、もはや和泉の神経を焼き切るような暴流ではなく、彼の意志と完全に同調した手足のように、より効率的で、より強大に機能していた。
ふと、和泉は操縦桿を握る自らの右手に違和感を覚えた。
「……なんだ、これは」
グローブ越しの右手の人差し指。そこにはめられた覚えのない、一つの指輪があった。
鈍い銀色の台座に、アグレッサーのコアと同じ、深く澄んだ紫色の石が埋め込まれている。
コアのエネルギーが結晶化し、物質として顕現したのか。それとも『王』との契約の証か。和泉にはわからない。だが、指輪から伝わってくる微かな温もりが、今の彼に無限の力を供給してくれていることだけは確かだった。
『……和泉。敵の砲火はお前の力でなんとかなってるが、このままじゃ張り付く前にエネルギーが尽きるぞ。どこか中に入れる「穴」を探す』
通信帯に、後方支援機に乗る小島の冷静な声が響いた。彼もまた、支援機のスキャナーを限界まで回し、眼前に広がる銀色の大地から構造の脆い場所を探り当てようとしている。
『小島少佐が着艦ポイントを特定するまで、各機、被害状況の報告と応急処置を行え!』
源田の指示に、各中隊長が即座に応じる。
『酒井中隊、全機生存! 追加装甲は全部持っていかれたし、三分の一は片腕を失ったが……足と右腕が残ってりゃ十分動けるぜ!』
『金子中隊、盾代わりにした前面装甲は完全に融解してゼロです。砲身とミサイルポッドの残弾も、残り半数程度……継戦能力は高くありません』
『片倉中隊、合流完了! ……ですが、部隊の半数は行動こそできるものの、他の連中のように盾代わりにしたわけじゃないですが、回避中の至近弾や衝撃で装甲や武装のほとんどを削り落とされてしまいました。まともな戦闘は厳しい状況です』
報告が上がるたび、和泉は口元に微かな笑みを浮かべた。
どの機体も、客観的に見ればスクラップ一歩手前の満身創痍だ。だが、パイロットたちの声には、ここまで辿り着いたという確かな誇りと、これから神の腹を食い破るという獰猛な闘志が満ち溢れていた。
『――見つけたぞ!!』
数分後、コンソールを叩き続けていた小島が歓喜の声を上げた。
『現在位置から2時方向、距離三千。装甲の継ぎ目に、大型兵器を投下するためのハッチらしき構造がある! そこなら周囲より装甲が薄い。こじ開けられるはずだ!』
「上等だ」
和泉の指輪が、呼応するように紫の光を瞬かせた。
「全機、小島の指定した座標へ向かう。……振り落とされるなよ、張り付くぞ!」




