雲海を抜けて
「……和泉! 和泉、頼む、目を覚ませ!!」
源田の叫びが、熱を帯びた通信帯を震わせ続けていた。
現実世界では、凄惨な光景が広がっていた。アグレッサーを守るべく「肉壁」となった部隊は、母艦からの無慈悲な砲火に晒され、次々とその姿を変えていく。
金子中隊の機体は盾が融解し、装甲の隙間から冷却液が火流となって吹き出している。酒井の中隊に至っては、投げつける装甲板も尽き、千切れた腕や脚を火花と共に散らしながら、それでもなお、ただの一機も持ち場を離れようとはしなかった。
ボロボロになり、手足を失い、鉄屑同然の姿になろうとも。
彼らを繋ぎ止めているのは、和泉への、そして仲間への絶対的な信頼だけだった。
「……ハッ、……ハァッ……」
その時、アグレッサーの沈黙が破られた。
血の混じった荒い吐息と共に、和泉の意識が深い紫の淵から帰還する。
「……源田」
「和泉! 無事かッ!?」
和泉は霞む視界の中で、真っ先にデータモニターに視線を走らせた。
脈打つ百五十五の光。
大破し、制御不能に近い機体はあっても――欠けている命は、一つもなかった。
「……ああ。……全員、生きてるな」
和泉は、自身の機体の周りを固める、ボロボロになった仲間たちの姿を見た。
自分を守るために腕を失った酒井。盾を焼き切らしながら踏みとどまる金子。そして、自身の機体を抱え、一心不乱に上昇を続けてきた源田。
「……すまない。……ありがとう、みんな」
和泉の掠れた声が全機の通信帯に流れた瞬間、緊迫した空気に、一筋の温かな安堵が広がった。だが、和泉の言葉はそこで終わらない。
「だが、……ここからだ」
和泉が再び操縦桿を握りしめた。
その刹那、アグレッサーの背後から噴き出していた紫の光――あの「羽」のような奔流が、驚くべき変化を見せた。
これまで凶悪なまでの破壊の揺らぎを見せていた光が、まるで静かな水面のように澄み渡り、透き通った紫の翼へと形を変えたのだ。それは神々しいほどに大きく、そして慈しむように優しく広がっていく。
翼から放たれる柔らかな光の粒子が、ボロボロになった仲間たちの機体を包み込んだ。
和泉の重力場が、傷ついた各機のバランスを完璧に補完し、スラスターの負荷を肩代わりしていく。
「これは……重力が、温かい……?」
金子が驚きの声を漏らす。
さらに、和泉の意志は遥か下方、高度四千メートルへと向けられた。
「……片倉、迎えに来たぞ」
和泉の背後の羽が大きく羽ばたいた。
目に見えない重力の奔流が、地上付近で滞留していた片倉と大破した部下の機体を、吸い上げるようにして一気に上空へと引き上げた。
シュォォォォォォォッ!!
瞬く間に部隊へと合流した片倉の二機。和泉の「羽」は、彼らをもその懐へと優しく抱きしめるようにして、百五十五機をひとつの巨大な、光り輝く生命体へと昇華させた。
もはや、母艦の砲火すらもその光の領域を侵すことはできない。
加速。
圧倒的な推進力が、雲海を裂き、空の理を塗り替えていく。
高度九千五百。九千八百。九千九百。
そして。
「……一万メートル。到達だッ!!」
小島の歓喜の叫びと共に、百五十五機の牙は、ついに神の座――母艦底部へと、その鼻先を突き立てた。
銀色の広大な天井が、目の前に迫る。
死線を超えた戦士たちの咆哮が、一万メートルの極寒の空に響き渡った。




