限界
「おい、嘘だろ……和泉のバイタル、どうなってんだ……!」
支援機の中でコンソールを睨みつけていた小島は、一瞬、自分の目を疑い、そして全身の血の気が引くのを感じた。
モニターに表示されている和泉の生体データ――心拍数、血圧、脳波のすべてが、人間の生存可能ラインをとうに振り切って警告の赤色に染まっていた。いつ血管が破裂し、心臓が止まってもおかしくない。いや、医学的な「死」の淵に立ちながら、強烈な意志だけで無理やり魂を肉体に縛り付けているような状態だ。
和泉は今、遥か下層の高度四千メートルに留まる片倉と大破した部下の機体、その二機分の巨大な質量に対して、一万メートル近い上空から重力制御の糸を強引に繋ぎ直そうとしていた。
ただでさえ残る百五十三機を滞空させ、敵の猛攻の熱量を間接的に受け止めているのだ。これ以上の負荷は致死量に直結する。
「やめろ和泉! 今のお前の状態で下層の二機まで引き上げれば、お前の脳が完全に焼き切れるぞ! とっくに人間の限界を超えてるんだ!」
小島が悲痛な叫びを上げる。
だが、和泉にはもう小島の声は届いていなかった。
激痛すらも限界を超え、視界が真っ黒に塗りつぶされていく。和泉の意識は、底なしの暗闇の中へと深く、深く沈み込んでいった。
――気がつくと、和泉は深い紫の光に満ちた静寂の空間に立っていた。
精神の深淵。アグレッサーの胸部で脈打つ「王のコア」、その内側だ。
『――愚かな。器が砕けるぞ』
直接、脳髄を揺らすような重厚な声が響いた。
和泉は動じない。それが誰の声か、直感で理解していたからだ。
かつてこの星を蹂躙し、そして今、自らの機体の心臓として脈打つ存在。その頂点に君臨していた「王」の意思である。
『下層の二つの個体を切り捨てれば、お前の肉体は持ちこたえる。群れも目的の空へと辿り着く。なぜ、わざわざ自らの破滅を招く?』
王の問いかけは、ひたすらに合理的で、冷徹だった。彼らの種族にとって、致命傷を負った個体や劣った個体を切り捨てることは、生存戦略の必然なのだ。
和泉は、幻影の空間の中で血まみれの口元を歪めて不敵に笑った。
「……お前ら星の理屈は知らん。だが、ここは人間の戦場だ」
『……』
「あいつらは俺の部下で、俺はあいつらの隊長だ。俺が引き上げると言った以上、這いつくばってでも引き上げる。……俺の命一つで全員が生きて帰れるなら、安いもんだろ」
『個より全を活かすか。……理屈に合わん。だが、その狂気にも似た強烈な「意志」……それこそが、お前という個体の力の源泉か』
王の声に、微かな熱が帯びたように和泉は感じた。
『お前の肉体は既に限界を迎えている。これ以上力を引き出せば、人間としての存在を保てなくなるやもしれん。……それでも、望むか』
「……隊長の意地を舐めるな。俺の器は、そんなにヤワじゃない」
和泉が吼えた瞬間、精神世界の光が爆発的に膨張した。王の圧倒的な力と、和泉の絶対的な覚悟が極限の淵で完全に融け合う。
現実世界。
源田に抱えられたアグレッサーの双眸が、かつてないほどの凶悪な、そして優しい輝きを放った。機体の装甲の隙間から、紫色の生体エネルギーが炎のように噴き出し始める。




