雷
「…………ッ」
和泉からの音声通信は、すでに途絶えていた。
聞こえてくるのは、マイク越しに伝わる荒く痛々しい呼吸音と、時折血を吐き捨てるような鈍い音だけだ。和泉の肉体と精神が限界に近いことは、繋がっている百五十五名の部隊員全員が、自身の神経に突き刺さるような負荷として感じ取っていた。
だが、王の沈黙は決して絶望を意味していなかった。むしろその背中が、部隊に極限の集中力をもたらしていた。
「……スラスター出力、左舷微速! よし、いける!」
「姿勢制御、マニュアルで補正! 弾幕の隙間を縫うぞ!」
最初は和泉の重力制御による「無重力に近い空」に翻弄されていたパイロットたちも、この数分間の死闘の中で急速に適応し始めていた。各部スラスターの細かな噴射で自機のバランスを保つコツを掴み、回避運動の精度を劇的に向上させていたのだ。
だが、空へ、神の座へと近づくにつれて、敵の迎撃密度もまた狂気を帯びていく。
高度が上がるごとに光の雨は隙間をなくし、まるで巨大な滝のように部隊を飲み込もうとする。
ガァァァンッ!!
「ぐあッ!?」
一機の通常機体のすぐ横を、太い光束が掠めた。直撃こそ免れたものの、至近弾の凄まじい熱量によって装甲が融解し、機体の一部から火花が噴き出す。
「メインモニターにノイズ! 第三回路がいかれました……っ、スラスターの反応が遅れます!」
「泣き言を言ってんじゃねえ!!」
通信帯に、酒井の怒号が轟いた。
「回路が一つ二つ焼けたからどうした! 動くなら上を目指せ! 大隊長が血反吐を吐きながら俺たちを引っ張り上げてくれてんだぞ! 気合いで飛ばせ!」
「片倉中隊、損傷した機体をカバーしろ!」
片倉もまた、自らギリギリの回避をこなしながら、被弾した機体のフォローへ回る。
「これ以上、大隊長と源田大尉に無駄なカバーをさせるな。自力で動ける奴は、意地でも自力で避けろ!」
「金子中隊、射撃による相殺展開! 敵の弾幕の軌道を少しでも逸らします!」
金子の冷静な指示の下、遠距離部隊が飛来する敵弾に対して迎撃射撃を行い、僅かな爆風で光束の軌道をずらして味方の回避ルートを作り出す。
和泉の命を削る引き上げ、源田の物理的なカバー、中隊長たちの鼓舞、そして隊員たちの命懸けの適応。
誰一人として諦めず、誰一人として仲間を見捨てない。
『高度八千、突破……!』
同じく重力制御を受けながら上昇を続ける支援機の中で、小島がコンソールを叩きながら報告した。機体は激しく揺れ、火花が散っている。
「奇跡だ……。あの弾幕の中を、一機も落とされずに上がってきている……ッ!」
損壊し、黒焦げになりながらも、百五十五名の牙はまだ一本も折れていない。
母艦の巨大な腹が、メインカメラの視界を覆い尽くさんばかりに迫ってきた。残る高度は二千メートル。
誰もがそう確信しかけた、その時だった。
『――ッ!? 待て、なんだこの数値は……。底部装甲、さらにパージ!』
上昇中の機内、小島の目の前のモニターに、これまでとは全く異なる質の警告音が鳴り響いた。母艦の中央部がゆっくりと展開し、巨大な建造物のような「大型砲塔」が姿を現す。
砲口の奥で、ドス黒い紫色のエネルギーが空間を歪ませながら渦巻き始めた。
『発射まで残り三十秒!……まともに食らえば、全機まとめて蒸発するぞ!』
その絶望的な報告に、全軍のパイロットたちが息を呑む。
回避しようにも、砲口のサイズとエネルギーの膨張率から計算すれば、照射範囲はこの空域全体を覆い尽くす。逃げ場など、どこにもなかった。




