跳躍
荒野が、足元で急速に縮んでいく。
和泉の重力制御を受けた百五十五機の鋼鉄の群れは、初めはゆっくりと、まるで深海から水面へ浮かび上がるように空へと昇っていった。
だが、空を覆う銀色の母艦から、無数の対空砲火のロックオン・パルスが降り注ぐのを感知した瞬間、和泉は通信帯に鋭く声を飛ばした。
『振り落とされるなよ。……一気に飛ぶぞ!』
ズドォォォォォンッ!!
空気が弾け飛ぶ轟音と共に、百五十五機が爆発的な速度で天に向かって跳躍した。
それはまさに、人類が初めて「神の座」へと放った百五十五発の弾丸だった。
その直後、一万メートルの上空から、文字通り「光の雨」が降り注いだ。
母艦の底部に展開した無数の砲門から、空を埋め尽くすほどの生体エネルギーレーザーと、質量を持った光弾が乱れ撃たれる。地上での砲撃戦とは次元が違う、逃げ場のない三次元の弾幕だ。
「うわあっ!?」
「くそっ、姿勢制御が……! 機体が言うことを聞かねえ!」
東日本から合流したばかりのパイロットたちが、次々と悲鳴を上げる。
和泉の力で強引に「空を飛ばされている」この慣れない無重力に近い状況下では、機体のスラスターを使った細かな姿勢制御が全く追いついていなかった。
一機のバランス型機体が体勢を崩し、そこへ致命的な光弾が迫る。
パイロットが死を覚悟して目を閉じた、その刹那だった。
ギィィィンッ!!
直撃するはずだった光弾が、機体の数メートル手前で、まるで目に見えない壁にぶつかったかのように弾き飛ばされた。
『……ハァッ、ハァッ……小島、次だ!』
『右斜め上、俯角六十度から三連装! 和泉、そっちは弾ききれないぞ!』
和泉のアグレッサーは一歩も動いていない。しかし、小島から直結で送られてくる敵の射撃データを脳内で処理し、被弾しそうになる仲間の周囲の「重力」を瞬間的に歪め、見えないバリアとして光弾を逸らし続けていたのだ。
だが、和泉のカバーにも限界がある。逸らしきれなかった光束が、別の機体へと迫る。
ガガァァァァンッ!!
そこに割って入ったのは、白銀の髪を揺らす源田だった。
和泉との深いリンクによって唯一、自らの意志で自在に宙を舞う源田の機体が、体勢を崩した味方機の腕を掴み、強引に引っ張って射線から引き剥がす。さらに迫る追撃の光束に対しては、手持ちの分厚い装甲板を力任せにぶん投げて、空中で激突させ盾代わりにした。
爆散する装甲の破片を浴びながら、源田の檄が飛ぶ。
「大隊長にこれ以上、無駄な負荷をかけさせるな! 落ち着いて機体のスラスターを吹かせ! 自分の重心を信じろ!」
源田の言葉に、パニックに陥りかけていたパイロットたちが必死に操縦桿を立て直していく。
その光景を前に、誰よりも歯噛みしていたのは酒井だった。
「クソがッ! 剣じゃあ、あのデカブツには届かねえ! 俺たちはただの的じゃねえか!」
酒井たち近接特化の部隊は、この遥か遠距離からの対空砲火に対して、文字通り「何もできない」。今はただ、和泉と源田に守られながら、必死に回避行動を取り続けることしかできなかった。
「酒井中隊は回避と姿勢制御に専念しなさい! 迎撃は私たちがやります!」
金子の凛とした声が響く。
「金子中隊、全砲門展開! 母艦の砲座へ向けて、撃ち上げなさい!」
金子率いる遠距離部隊が一斉に砲門を天へ向け、ありったけの通常弾とビームを乱射する。
無数の閃光が、一万メートルの上空へと吸い込まれていく。直撃の反応。
だが――。
「駄目です! 敵の底部装甲が厚すぎます! 砲座の周囲も、通常兵器の貫通力を遥かに上回る硬度で構成されています! 傷一つつけられません!」
オペレーターが絶望的な報告を叫ぶ。
金子中隊の渾身の弾幕は、銀色の巨大な腹に火花を散らすだけで、その圧倒的な物理的防御力を前に、砲火を止めるには全く至っていなかった。
『撃ち方やめ! 無駄弾を撃つな、優里!』
後方で凄まじい速度で演算を続ける小島が、通信に割り込んだ。
『敵の防空システムの装甲強度は、地上兵器の比じゃない! その距離からの中途半端な火力じゃ、表面をなでるのが精一杯だぞ!』
「なら、どうすれば……! このままでは、一万メートルに到達する前に大隊長の脳が焼き切れるか、私たちが蜂の巣にされるかのどちらかです!」
金子の焦燥に満ちた声。
和泉は鼻から血を流し、仲間を庇って装甲板を投げ続ける源田の機体も各部が焦げ付き始めている。
百五十五機の群れは、反撃の有効な手段を持たないまま、ただひたすらに死の雨が降る一万メートルの上空へと昇り続けるしかなかった。




