表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/132

対死線への跳躍

「……待て。嘘だろ、この数値」

後方支援機の中で、小島がコンソールに表示されたアラートを凝視し、戦慄した。


百五十五機の頭上、一万メートルの空を覆う母艦の底部。そこから放たれる生体エネルギーの反応が、地上戦でのそれを遥かに凌駕する密度で膨れ上がっていた。銀色の腹が幾何学的な模様を描いてスライドし、数千、数万という無数の発光体が牙を剥く。


『和泉! 敵の防空システム、完全に再定義リブートされた! さっきまでの地上部隊とはレベルが違うぞ。これだけの熱量をまともに浴びれば、上昇中に全機蒸発する!』


小島の悲鳴に近い警告が通信帯を走る。だが、母艦の真下――その巨大な影に立つアグレッサーの中で、和泉は空を睨みつけたまま、静かに、しかし断固とした口調で答えた。


「……止まっている時間はない。やるぞ」


『無茶を言うな! 作戦はどうする!? 回避ルートの演算すら追いつくかわからないんだぞ!』


「作戦はない。小島、間に合わせろ。それ以外いらんだろ。やるしかないんだ」


和泉のあまりにも無謀、かつ絶対の信頼を前提とした言葉に、酒井や金子、片倉たちが息を呑む。


「今から俺の命令パルスで、この場にいる全員の重力制御を強制同期させる。お前たちは、文字通り空を『落ちていく』ように上昇することになる。……ただし、浮かせるのは俺だが、浮かせた後の機体制御は自分たちでやってもらう」


和泉の言葉は、冷徹な現実を突きつけていた。


「この命令系統を維持し続けるには、俺のコアの全出力を通信と同期に回す必要がある。上昇中、俺は一歩も動けない。回避も、防御もな」


それが何を意味するか、パイロットたちには即座に理解できた。

上昇中、和泉の機体は「全機を浮上させるための発信機」と化し、一切の自衛手段を失う。無防備な王が、神の雷の真っ只中に身を晒すことになるのだ。


だが、和泉はコックピットの中で、微かに口角を上げた。


「……さっきの連携を見た。一対一で勝てないなら、束になって戦うんだろ? だったら、俺が動けない分……お前たちが敵の母艦に辿り着き、穴を開けろ。……できるな?」


「守れ」ではなく「穿て」。その苛烈な命令こそが、和泉の彼らに対する最大の信頼の証だった。


その沈黙を破ったのは、物理的な衝撃音だった。


コンッ、と。


伊達の操る機体がアグレッサーの側に寄り添い、その金属の拳でアグレッサーの肩を軽く叩いた。言葉はなくとも、その仕草は「任せろ」と雄弁に物語っていた。


そして、伊達に続いてもう一機、白銀のメッシュが混じった髪を揺らす男――源田の機体がアグレッサーの隣に並び立つ。


源田の髪は、コアとの同調深度が深まるにつれ、その白さを増していた。それは「王」である和泉に近い領域までリンクが高まっている証左でもあった。今の源田は、和泉の強制同期に身を委ねる他の中隊員とは違う。自らの意志で、自らの重力制御を用いて、この空を飛ぶ自由を手にしていた。


『……中隊長』


源田の、重厚で揺るぎない声が通信帯に響く。


『あんたが誰も死なせないって言うんなら……俺も、もう誰一人だってやらせはしません。』


源田の瞳に宿る紫の光が、和泉のそれと共鳴するように強く輝く。


「……ああ。頼むぞ、源田」


和泉はゆっくりと目を閉じた。

アグレッサーの胸部で、王のコアがこれまでにないほど深く、激しい紫の拍動を始める。


「――全機、リンク開放。……昇るぞ」


和泉の意識が、機体の枠を超えて百五十五の「星」へと深く潜り込んでいく。

地上を離れる直前、世界から音が消え、ただ圧倒的な紫の光が、荒野を飲み込むように溢れ出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ