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異形の橋を越えて

ズァァァァァァァッ!!


海面を叩きつけるようなすさまじい駆動音を轟かせ、百五十五の機体が、敵の架けた巨大なスロープ(異形の橋)を一直線に駆け抜けていく。

先頭を切り裂くのは、和泉の『アグレッサー』と源田の機体。それに続くように、酒井の近接部隊、片倉のバランス型部隊、金子の遠距離部隊、そして最後尾を小島の後方支援部隊が追従する。


海峡を渡り切るのに、数分もかからなかった。

かつて門司と呼ばれた九州の玄関口へ、和泉の機体が重々しい着地音と共に降り立つ。それに続き、百五十の鋼鉄の群れが次々と九州の大地を踏みしめた。


「これが、九州……」

通信帯に、誰かの震える声が漏れた。


東日本軍から編成された新たな部隊長たち――酒井、金子、片倉をはじめとするパイロットたちは、メインカメラ越しに広がる光景に絶句し、思わず機体の足を止めた。


そこに広がっていたのは、人間の都市の面影など微塵もない、果てしない「死の荒野」だった。

地形を変えるほどに降り注いだ砲撃のクレーター。だが、彼らの足をすくませたのはそれではない。荒野を埋め尽くすように連なる、膨大な数の「残骸」と「屍」の山だった。


「ひどい……」

金子が思わず唇を噛み締める。


無残に引き裂かれ、原型を留めていない無数の友軍機のスクラップ。黒焦げになった装甲の隙間には、搭乗していたパイロットたちの遺した凄惨な血痕が、いまも生々しくこびりついている。

だが、その背後には焼け焦げた避難バスや民間車両の列があった。倒れ伏す友軍機たちは、逃げ惑う民間人を背に庇い、押し寄せる敵の群れに対して自らを肉の盾として立ちはだかったのだ。彼らはただ無残に散ったスクラップではない。一人でも多くの命を逃がすため、文字通り命をすり減らして死んでいった英雄たちの成れの果てだった。


そしてその友軍の屍を何重にも覆い隠すように、山のように積み上げられた、多脚型兵器をはじめとする敵の大量の残骸群。


「……大隊長たちは、たった数機で、この地獄を生き抜いてきたっていうのか……」

喧嘩屋を自称し、獰猛に笑っていた酒井でさえ、操縦桿を握る手にじっとりと嫌な汗をかいていた。

どんな泥水でも啜って戦うと豪語していた片倉も、呼吸を荒くして凍りついている。


頭では分かっていたつもりだった。ここに乗り込めば、最悪の死地が待っていると。すでに覚悟を決めて橋を渡ったはずだった。

だが、和泉たちが七日間で築き上げた「死の質量」を前にして、安全な後方(東日本)で戦っていた彼らの本能が、警鐘を鳴らし、物理的に足をすくませたのだ。


『止まるな』


氷のように冷たく、しかし静かな熱を帯びた和泉の声が、全機の通信に響いた。


『死体を見るな。前を見ろ。……俺たちが踏みしめているこの道は、そこの転がっている奴らが、命をすり潰して拓いてくれた道だ』


和泉のアグレッサーが、民間人を守り抜いた名もなき英雄たちの残骸の横を通り過ぎる際、一瞬だけ足を緩め、レールガンと近接ブレードを握る右腕を胸に当てて無言の敬礼を送った。

その背中を追う源田の機体もまた、深く頷くように進んでいく。


死を恐れないのではない。死を背負い、それでも前に進む先陣部隊の重厚な背中を見て、凍りついていた酒井たちの機体が、再びゆっくりと駆動音を上げて歩みを進め始めた。


『和泉』

後方から、戦況をスキャンしていた小島の鋭い声が飛ぶ。

『おかしいぞ。敵の迎撃が来ない』


「……ああ」

和泉もまた、メインモニターのレーダーに目を落としていた。


上陸すれば、即座に四方八方から敵の大群が押し寄せ、乱戦になる。全員がそう予測していた。

だが、彼らの周囲には不気味なほどの静寂が落ちている。いや、敵がいないわけではない。センサーは確かに、前方数キロの地点に膨大な数の熱源反応を捉えていた。


『敵の動き、映像データに変換して共有する。……見ろ』


小島から送られてきたデータを見て、金子や片倉が息を呑んだ。

敵は、和泉たちを包囲してすり潰すのではなく、等間隔に部隊を配置し、何重にも折り重なるような「防御陣形」を構築していたのだ。さらに、和泉たちが進軍すればするほど、彼らは一定の距離を保ちながらジリジリと後退し、要所要所で散発的な砲撃だけを行おうとする動きを見せている。


「遅滞戦闘……」

金子が信じられないといった声で呟いた。

「敵が、時間を稼ごうとしている……?」


これまで、空から無限に湧き出す敵は、人間を「駆除すべき虫」としか見ていなかった。圧倒的な暴力と物量で、ただ一方的に蹂躙し、屠ってきたのだ。

そこに戦術など存在しなかった。ただ歩き、ただ撃ち、ただ潰すだけ。


それが今、彼らは明確な「戦略」を用いて、和泉たちの足止めを図っている。


『……一週間後にやってくる、一千万の黒い津波。あれが到達するまで、俺たちをこの九州に釘付けにする気か』

小島が忌々しそうに舌打ちをした。

『あのシステムどもが、なりふり構わず「人間くさい時間稼ぎ」をしてきやがったぞ』


和泉はアグレッサーのメインカメラ越しに、幾重にも敷かれた敵の強固な防衛線と、その遥か後方の上空に浮かぶ巨大な母艦を睨みつけた。

敵のシステムは、はっきりと和泉たちの「王のコア」に恐怖し、脅威として認識したのだ。だからこそ、プライドも何もなく、ただ勝つための泥臭い遅滞戦術へとシフトした。


「……上等だ」

和泉の口元に、獰猛な笑みが浮かぶ。


「あいつらが時間稼ぎとは、随分と人間を評価してくれたもんだ。だが――」


和泉は操縦桿を深く握り込み、アグレッサーのコアから莫大なエネルギーを機体全体へと駆け巡らせた。


『総員に告ぐ。俺たちの牙は、そんな小細工で止まるほど鈍くはない。……全機、陣形を広げろ! 各部隊は連動し、奴らの遅滞防御網ごと、正面から食い破るぞ!』

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