反撃の狼煙
午前五時五十五分。
夜明けの冷たい風が、かつての激戦で焼け野原となった下関の絶対座標を吹き抜けていく。
ギギギギギ……ッ!
重々しい金属音と共に、和泉たち先陣部隊の中核を担う五名が収容されていた臨時バンカーの扉がゆっくりと開かれた。
薄暗い内部から、朝の光が差し込む地上へと姿を現す和泉の灰色機『アグレッサー』。そしてその右隣には、白銀のメッシュが混じった髪を揺らし、南雲や散っていった部下たちの魂を背負う源田の機体が、巨岩のようにそびえ立っている。
バンカーから外へ出た和泉たちを待っていたのは、圧巻の光景だった。
焼け焦げた大地の上。外に配置されていた他の百四十四機、そして和泉部隊の第三、第四小隊の八機が、すでに完璧な隊列を組み、総員待機していたのだ。
外見は東日本軍が持ち込んだ無骨な通常兵器群に過ぎない。しかし、そのすべての胸部には「星」が宿り、アグレッサーと同じ微かな紫の光を脈打たせていた。
ただの機械の駆動音ではない。百五十を超える心臓が一つの生き物のように共鳴し、重低音のハミングを響かせながら、朝日の中で静かに主の号令を待っている。
「……見えやがる」
後方支援部隊を率いる小島が、自機のメインカメラ越しに海峡を見据えて呟いた。
かつて九州と本州を繋いでいた関門橋は、和泉たちの死闘によって完全に崩落し、海に沈んだ。だが今、その暗い海峡の上には、敵が九州から本州へ侵攻するために自ら架けた「異形の橋」が横たわっている。
周囲の環境を強制的に造り変える敵のナノマシンが、無機質で巨大なスロープを形成していた。
皮肉にも、人類を滅ぼすために敵が造り上げたその道が、今度は人類が敵の母艦の喉元へ刃を届けるための唯一の突破口となっていた。
『全機、システム同調完了。サーバー機からの重力場制御パルス、正常に受信しています』
通信帯に、小島の部隊のオペレーターから報告が入る。
続いて酒井、金子、片倉の各部隊長からの力強い応答が連鎖していく。
寄せ集めだった部隊は、和泉という「王」の統制のもと、完全に一つの巨大な牙として研ぎ澄まされていた。
午前六時ちょうど。
東の空から、真新しい太陽の光が海峡を照らし出す。
その黄金色の光を真正面から浴びながら、和泉はアグレッサーのコックピットで静かに息を吸い込み、全周波数帯を開いた。
『――時間だ』
和泉の低く、しかし絶対的な熱量を帯びた声が、全パイロットの鼓膜に直接響き渡る。
『今から一週間後、一千万を超える規格外の津波が、海を黒く染め上げてこの日本を喰い潰しに来る。だが、絶望する必要はない』
アグレッサーが、ゆっくりと右腕を上げ、九州の遥か上空、一万メートルの空に居座る銀色の巨大構造体(母艦)を指し示した。
『奴らが陸を這いずり回って辿り着くよりも早く、俺たちが五日で、あの空にデカい顔をして浮かんでいる敵母艦を叩き落とす。頭を失えば、津波はただの水溜まりに変わる』
一千万という絶望的な数字を突きつけられてなお、通信帯に動揺はない。和泉の言葉が、恐怖を研ぎ澄まされた戦意へと変えていた。
『作戦会議で言った通りだ。俺についてこい。そして、死ぬな。……防衛戦は昨日で終わった。これより本作戦の目的を、絶対座標の「死守」から、敵母艦の「撃墜」へと移行する』
和泉は操縦桿を強く握り込み、王のコアへと意識を深く沈み込ませた。
それに呼応するように、全機の胸部の光が一斉に眩さを増し、足元の焼け焦げた大地が、機体から溢れ出す重力制御の余波で小刻みに震え始める。
『全機、出撃。』
和泉の静かで力強い号令と共に、アグレッサーの推進器が爆発的な紫の炎を噴き上げた。
それに続くように、源田の機体が、すべての牙が一斉に大地を蹴り飛ばす。
ズァァァァァァァッ!!
凄まじい轟音が響き渡り、焼け野原に巨大な土煙が舞い上がる。
夜明けの光の中、和泉を先頭にした鋼鉄の群れは、かつては決して越えられなかった境界線を越え、敵が架けた異形の橋を真っ向から突き進み始めた。




