反撃の陣形
ユーラシア大陸から押し寄せる五百万の「黒い津波」が日本に上陸するまで、残り七日。
絶望的なタイムリミットが提示された直後、絶対座標の作戦会議室では、目前に迫った「母艦撃墜作戦」へ向けた部隊の再編が急ピッチで進められていた。
「時間がない。前置きは省くぞ」
巨大なホログラム・テーブルを囲む将兵たちを見渡し、小島が口を開いた。
「集結した百五十のコアは、すべて通常機体への定着と同調を終えた。だが、問題は『中身』だ。ここにいるパイロットのほとんどは人型兵器の操縦経験者だが、急造の部隊ゆえにその練度には天と地ほどの差がある」
小島はホログラムの戦力図を展開し、百五十機のアイコンを五つの部隊へと分割して表示した。
「限られた七日間で練度を底上げする暇はない。よって、各人の適性と技量、そして現在の物資状況に合わせて、部隊を完全に役割分担させる」
小島は、テーブルの前に立つ三人のパイロット――新たに部隊長として選抜された者たちへ視線を向けた。
「まず、練度が最も高いベテラン層で構成した部隊。酒井礼二、お前が率いろ」
「酒井部隊は『近接担当』だ。高い機動力を活かし、敵陣の懐に飛び込んで肉の壁を切り刻む遊撃を任せる」
「次に、人型兵器の扱いに慣れていない、練度の低い者たちを集めた部隊。金子優里、お前がまとめろ」
「金子部隊は『遠距離攻撃担当』とする。コアの余剰出力を用いた高火力の面制圧を行い、後方から弾幕で前進を支えろ。精密なエイムはシステムが補正してくれる」
「そして、片倉凪。お前の部隊は『バランス型』だ。物資不足の影響で武装は型落ちの通常兵器だが、その分身軽だ。戦況に応じて各部隊のフォローに回れ」
三つの盾と矛が定義され、最後に小島が自らの配置を示す。
「俺の部隊は『後方支援』だ。戦闘の最前線には立たない。代わりに全百五十機のネットワークを維持し、全戦場の状況分析を行う。お前たちの死角はすべて俺たちが予測し、警告する」
役割分担は完璧だった。だが、この陣形には、肝心の「突破口」を穿つ存在が必要だった。
「残る第1、第2、第3、第4小隊の生き残りと、伊達をはじめとする精鋭の補充メンバー。……それが、和泉中隊長が直率する『第1独立強襲大隊――アグレッサー』だ」
小島の言葉に、和泉の背後に控えていた源田や佐々木、そして凄腕の補充兵である伊達たちが、重厚な闘気を放って姿勢を正した。
「酒井が切り刻み、金子が吹き飛ばし、片倉が支え、俺が導く。そのすべては、和泉、お前たちをあの『母艦』の喉元まで届けるための布石だ。お前たちが、人類の最後にして最強の『矛先』になれ」
作戦会議室が、張り詰めた静寂に包まれる。
和泉はホログラムに映る巨大な銀色の構造体を見つめ、やがて顔を上げて、新しい部隊長たちを真っ直ぐに見据えた。
「三日で海峡を越え、五日で空を落とす。……残りの二日は、勝利の美酒を飲むために取っておけ」
和泉の静かな声が、一層熱を帯びて響く。
「俺についてこい。そして、死ぬな。この二つを、何があっても絶対に守れ。……俺は、もう二度と仲間の墓標を刻むつもりはない。これからは、希望だけを作っていくんだ」
その言葉に、会議室の空気が激変した。
「死ぬな」という、軍人らしからぬ、しかし和泉という男が地獄の底から持ち帰った切実な祈り。
それは酒井の獰猛な笑みを引き出し、片倉の背筋を伸ばし、金子の眼差しをより強固なものにした。和泉と同じ白銀の髪を揺らす源田も、自らの機体に宿る魂と共鳴するように深く頷いた。
「神殺しを始めるぞ」
和泉の静かな、だが確かな殺意を帯びた号令に、集っていたパイロットたちが一斉に力強い敬礼で応えた。
「各部隊長はここに残れ。他の者は直ちにハンガーへ向かい、自機の最終調整に取り掛かれ。一秒も無駄にするな」
和泉が鋭く言い放つと、パイロットたちは弾かれたように踵を返し、足早に作戦会議室を後にしていく。
静まり返った部屋に残されたのは、和泉と小島、そして酒井、金子、片倉、源田たち、これからの作戦の核となる指揮官たちだけとなった。
彼らの視線の先、ホログラム・テーブルに浮かび上がるのは、九州上空に鎮座する巨大な銀色の絶望。
百五十の牙は今、その切っ先を「神」の喉元へと向けるべく、静かに研ぎ澄まされようとしていた。




