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狙われた極東と黒い津波

「全百五十機、システム同調率シンクロ・レート安定! 全機体のアイドリング、正常数値を維持しています!」


絶対座標の作戦司令部。

オペレーターの歓喜に満ちた報告に、司令官をはじめとする将官たちから、かつてないほどの大きなどよめきと安堵の息が漏れた。


モニターには、ハンガーに整列した百五十機の機体が映し出されている。

王たる和泉のアグレッサーを中心に、世界中から集結した「星」を宿した異次元の部隊。人類が初めて手にした、神の領域に届き得る確かな「反撃の牙」だった。


「やったぞ……これで、空に浮かぶあの忌まわしい母艦を直接叩き落とせる!」

「ああ。各方面の残存兵力も再編が進んでいる。いけるぞ……!」


司令部が数ヶ月ぶりの希望に沸き立つ中、小島だけは険しい顔でメインコンソールのデータ群を睨み続けていた。


(……おかしい)


小島の胸中に、拭い去れない違和感が渦巻いていた。

和泉が絶対座標での防衛戦を生き延びてからこっち、空からの「投下」が完全に止まっているのだ。九州上空に居座る銀色の巨大構造体(母艦)は、不気味なほど完全に沈黙し、新たな敵兵器を射出する気配すらない。


嵐の前の静けさというには、あまりにも極端すぎる。まるで、敵の「意思システム」が、何か別の巨大な演算にリソースを全振りしているような――。


「……ッ!? 司令、衛星軌道上の早期警戒システムから、緊急のデータリンク!」


突如、悲鳴のようなオペレーターの声が司令部の空気を引き裂いた。


「どうした! 母艦に動きがあったか!」

「違います、空じゃありません! 海です……! ユーラシア大陸沿岸部から、信じられない規模の熱源反応が……!」


メインモニターの表示が切り替わり、極東アジアの広域衛星マップが映し出された。

それを見た瞬間、司令部の全員が言葉を失い、凍りついた。


海が、黒く染まっていた。


「なんだ、これは……」

小島が震える声で呟く。


ユーラシア大陸の東岸。すでに敵の「大侵攻」によって完全に沈黙し、制圧されたはずの広大な大地から、無数の「黒い染み」が日本海へと流れ込んでいた。

それはオイル漏れでも、海流の異常でもない。海上を、そして海底を埋め尽くしながら突き進む、規格外の敵の大群だった。


「映像、拡大します……!」


ノイズ混じりの光学映像に映し出されたのは、数え切れないほどの多脚型兵器、そして海水をかき分けて進む巨大な特異点(巨大兵器)たちの姿だった。

それらが波となり、海を真っ黒に染め上げながら、一直線に日本を目指して進撃しているのだ。


「推計数、三百万……いや、五百万を超えています! 後続も未だ大陸から海へ降り続けており、全容が掴めません!」

「馬鹿な……世界中を制圧していた連中が、なぜ一斉に極東の島国へ向かってくるんだ!?」


パニックに陥る司令部。その重い扉が開き、和泉と源田が姿を現した。

二人の肉体は負傷の痕跡を一切残さず、かつての精悍さを完全に取り戻していた。ただ、その髪に混じる鋭い白銀のメッシュだけが、彼らが人智を超えたシステムと深く同調した証として静かに主張している。


「……簡単なことだ。奴ら、ついに本気を出してきただけだ」


和泉はメインモニターの「黒い津波」を見上げながら、極めて冷静な声で言った。

「あの『緑の目』のような特異な新型機をけしかけても、遠距離からの面制圧や大型機を投入しても、俺たちの防衛線を抜くことはできなかった。だから、出し惜しみをやめて手持ちの駒を全部回してきたってことだ」


淡々と事実だけを語りながら、和泉は胸の奥底で、誰にも聞こえない真実を反芻していた。


(……薄々感じてはいたんだ)


大侵攻からこっち、片手間で人類を駆除し、地球を作り変えていた奴らが、なぜこの絶対座標にだけ執拗に戦力を注ぎ込んできたのか。

奴らの本当の狙いは、人間の防衛網を突破することではない。和泉の機体に宿る『王のコア』を殺すことだ。


そして今、その王が目覚め、世界中の星を束ねて完全な牙を剥いた。向こうのシステムにとって、他の星を従える王の存在は、環境を作り変える上での絶対に許容できないバグ。

だから奴らは、他大陸の制圧を放棄してでも、手持ちの全戦力を極東に集中させてきた。他ならぬ、和泉たちをここで完全に圧殺するために。


だが、和泉はその推論を口には出さなかった。

今さら自分たちがすべての標的だと明かしたところで、司令部や仲間たちに無用な恐怖と重圧を背負わせるだけだと分かっていたからだ。


しかし――。

傍らに立つ小島だけは、無言で和泉の横顔をじっと睨みつけていた。


それは軍人としての勘などではない。ただ、誰よりも長くともに生きてきた親友としての直感が、小島に悟らせていたのだ。

(和泉……お前、奴らの『本当の標的』が自分だと気づいているな……?)


あえて平静を装い、すべてを一人で背負い込もうとする和泉の静かな覚悟を、小島は痛いほどに感じ取っていたが、彼もまたそれを言葉にして暴くことはしなかった。


司令部が絶望的な沈黙に包まれる中、和泉が静かに口を開く。


「……到達まで、どれくらいだ」

和泉の問いに、オペレーターが震える手でキーボードを叩く。


「現在の進軍速度から計算して……九州西部、および絶対座標への上陸まで、残り……ちょうど『七日間』です」


一週間。

それが、世界が日本を喰らい尽くすまでのタイムリミットだった。


「七日、か」


和泉の口元に、獰猛な、だがどこまでも冷徹な笑みが浮かんだ。

絶望的な宣告を前にしても、彼の心には微塵の恐怖もなかった。背後に立つ源田もまた、白銀の髪を揺らしながら、第二小隊の魂を背負った重厚な面構えで、ただ静かに戦意を燃やしている。


「十分だ」

和泉の静かな、だが確かな熱量を帯びた声が司令部に響き渡った。


「世界を喰い尽くす津波が来る前に……あの空に浮かぶ諸悪の根源(母艦)の喉元を、俺たちが喰い破る」

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