星降る空と、英雄の帰還
「四国方面の敵影、完全に消失……! 九州側からの増援も確認できません! 敵の波状攻撃が……止まりました!」
東日本軍の中央作戦司令部。
オペレーターの報告に、司令官をはじめとする将官たちは深く息を吐き出した。和泉が単騎で放った絶大な力によって、絶対座標に群がっていた敵は文字通り蒸発し、視界の限りに広がっていた敵群は嘘のように姿を消していた。
東西ルートの完全な開通まではまだ至っていない。だが、最大の障壁であった防衛線をこじ開け、反撃のための絶対的な足がかりを確保したことは間違いない。
「医療班の報告は? 和泉中尉たちの容態は……」
司令官がそう口を開きかけた、その時だった。
「な、何だあれは……! 空が……!」
窓際にいた士官が、夜明けを迎えたはずの空を指差して叫んだ。
司令部の巨大な防弾ガラスの向こう、まだ薄暗い西の空が、あり得ないほどの極彩色に光り輝き始めていた。まるでオーロラか、あるいは季節外れの流星群が空を彩っているかのような異常現象。
「レーダーはどうなっている! 敵の新手の砲撃か!?」
「だ、駄目です! レーダーには一切の熱源反応がありません! ステルスとも違います、システム自体が空間の異常を処理しきれていません!」
パニックに陥る司令部に、今度は通信室から血相を変えた通信兵が飛び込んできた。
「司令! 各国の残存勢力から緊急の暗号通信が相次いでいます! 北米、欧州、アジア……かつての『大侵攻』で壊滅した国々の地下シェルターからです!」
「大侵攻」――それはかつて人類を絶望の淵に追い詰めた、世界規模の同時多発的な蹂躙作戦のことだった。あの新型機が現れるよりもずっと前、その大侵攻によって機能不全に陥り、すでに壊滅したはずの諸外国から、一斉に通信が入ったというのだ。
「内容は!?」
「『我々の国土の瓦礫の下から、光の結晶が空へ飛び立った。軌道計算の結果、すべてが極東……日本へ向かっている』と!」
通信兵の言葉に、司令官は戦慄した。
あの光の波は、諸外国から海を越えて飛来してきたというのか。
「……警報! 絶対座標の近空域にて、レーダーが実体を捕捉し始めました! 質量を持った高エネルギー体が急減速して降下してきます! 数、数十……いや、百五十を超えています!」
ついにレーダーに映り始めたその百を超える光点は、一直線に彼らのいる絶対座標へと降り注ごうとしていた。
「もしあれが敵の新兵器だとしたら、今度こそ日本は沈むぞ……!」
司令官が青ざめた顔で決断を下す。
「全防空システムを起動しろ! 迎撃ミサイルのロックオンを急げ! 一発たりとも絶対座標に落とすな!」
システムが赤色に染まり、けたたましい迎撃アラートが鳴り響こうとしたその瞬間。
司令部の重い扉の向こうから、切羽詰まった声が漏れ聞こえてきた。
『中尉! お待ちください、まだ歩ける状態では……!』
『点滴が外れます! 誰か、彼を押さえて!』
『……退け。あれを撃たせるわけにはいかないんだ』
緊迫した押し問答の直後、自動扉が強引にこじ開けられた。
「和泉中尉……!?」
そこに立っていたのは、点滴のスタンドを引きずり、すがりつく医療チームの制止を振り払って現れた和泉だった。
老人のように痩せこけ、立っていることすら不思議なほどの満身創痍の体。しかし、その眼光だけは、かつてないほどに強く、澄み切っていた。
「和泉、お前なぜ抜け出してきた! 早くベッドへ……」
「小島……迎撃は、必要ない」
駆け寄ろうとする小島をやんわりと制し、和泉はふらつく足取りでメインモニターの前へと進み出た。
空を彩り、ゆっくりと絶対座標へ向かって降下してくる百五十あまりの光の雨。和泉はそれを、懐かしい友の顔を見るように見つめていた。
「あれは……敵じゃない」
和泉の精神の奥底で、燃え尽きた南雲のコアが残した言葉が蘇る。
『彼らは必ずここに来ます。私の呼びかけに、応じるはずですから』
「あれは、俺の機体に載っているのと同じ……月から来た『コア』です。散っていった俺たちの仲間が、ここに呼び寄せたんだ」
和泉の言葉に、司令部の誰もが息を呑み、沈黙した。
迎撃システムのアラートが解除され、赤い警告灯が静かに明かりを落としていく。
太陽の光を背に受けて、空を彩る無数の光が、絶対座標へと降り注いでいく。それは、絶望に抗い、命を懸けて戦い抜いた和泉たちへの、世界からの返答だった。
崩壊した世界に散らばっていた新たな「希望」の結晶が今、彼らの元へと集い始めていた。




