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境界線のアグレッサー ―不落の絶対座標より―  作者: saku
奪還の座標と光り輝く星々
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硝子の大地

ガァァァァンッ!!!


自らの通常機体が放った右ストレートの衝撃で、小島のコックピット全体が激しく揺れた。

金属が軋む嫌な音と共に、和泉の灰色機が大きく体勢を崩す。


同時に、戦場を支配していた絶対的な畏怖の波動と、空間を焼き尽くさんばかりの紫の羽が、フッと霧散するように消え去った。


「目を覚ませ、大バカ野郎が!!」


小島の拡声器からの怒鳴り声が、神域に落ちかけていた和泉の意識を、強引に人間の世界へと引き戻した。


「ハァッ……ハァッ……!」

小島は操縦桿に突っ伏し、荒い息を吐いた。背筋を駆け上がるような悪寒と冷や汗が止まらない。あと数秒遅ければ、自分ごとこの座標一帯が消し飛ばされていたかもしれない。


ゆっくりと顔を上げ、メインモニターを見る。

殴り飛ばされた和泉の灰色機は、紫の光を完全に失い、装甲の隙間から白煙を上げていた。だが、倒れはしなかった。


灰色機は、糸の切れかけた操り人形のようなおぼつかない動作で、ゆっくりと歩き出したのだ。


「和泉……?」


小島が息を呑んで見守る中、力を失った灰色機は、高熱でガラス化した大地を軋む足取りで進んでいく。

向かった先は、山本が消し飛ばされた空間。そして、結城が貫かれ、南雲が自爆した巨大なクレーターの縁だった。


仲間たちが命を散らしたその場所で、灰色機はピタリと足を止めた。

一切の言葉を発することなく、右手に握っていた紫のブレードを、大地に深く、力強く突き立てる。

それはまるで、還らぬ友への墓標のようだった。


続いて、灰色機は左手のレールガンを真っ直ぐに空へと向けた。


ドォォォォンッ!!


弔砲の如き最後の一発が、朝焼けの空に向かって撃ち放たれる。

レールガンの反動で機体が大きく揺れ、砲身から白い煙が立ち昇った。


そして――。


プシュゥゥゥ……。

静かな排気音と共に、灰色機の胸部装甲が開き、コックピットのハッチがゆっくりと解放された。


だが、どれだけ待っても、中から和泉が出てくることはなかった。


「和泉ッ!!」


小島は通常機体から飛び降り、熱気を帯びたガラスの大地を走って灰色機へとよじ登った。

ハッチの中を覗き込んだ小島は、そこで言葉を失った。


コックピットの中で項垂れていた和泉は、完全に意識を失っていた。

まるで何十年も老化してしまったかのように痩せこけ、肌は死人のように青白い。コアの異常な出力を引き出すための代償が、パイロットの生命力そのものを喰い破っていたのは明白だった。


「医療班!! 早く来い! 和泉を運び出せ! 絶対に死なせるな!!」


小島の血を吐くような叫び声に、到着したばかりの東日本軍の上陸部隊が弾かれたように動き出す。

無数の輸送ヘリと装甲車が展開し、レスキュー隊員たちが絶対座標に取り残された機体へと群がっていく。


駆けつけた隊員たちの目は、和泉の機体が突き立てたブレードと、そこから続く巨大なクレーターに向けられた。

和泉の最期の行動が何を意味するのか、戦場に降り立った者たちは即座に悟った。そこが、散っていった仲間たちの命の座標なのだと。


しかし、その場所には本当に『何もなかった』。


ひしゃげた装甲の欠片も、衣服の切れ端も、遺体の一部すらも。すべてが凄まじい熱量によって融解し、完全に蒸発していた。

そのあまりにも凄惨な「無」という痕跡を前に、救助隊員たちは息を呑み、絶句した。


だが、誰一人としてその残酷な事実を口に出す者はいなかった。

隊員たちはただ無言で深く唇を噛み締め、悲痛な視線を一度だけ足元に落とすと、生き残った者たちの救出へと己の任務を黙々と続行したのだ。


小島は灰色機から降り、一番近くにいた源田のコア機へと向かった。

ハッチがこじ開けられ、中から源田が引きずり出される。


「小島少佐……搭乗者、意識不明です。バイタルは低下していますが、命に別状はありません」


担架に乗せられた源田の姿を見て、小島はギリッと奥歯を噛み締めた。

全身血まみれで、肉体的な限界をとうに超えている。だが、何よりも小島の胸を締め付けたのは、気を失い、だらりと首を垂れた源田の頬に、真っ黒な煤と血に混じって「痛々しいほどにくっきりと、涙を流した跡」が残っていたことだった。


周囲でも、佐々木、石井、岩本が次々と救出されていく。

だが、彼らもまた全員が意識を失い、完全に虚脱状態に陥っていた。そして、彼らの汚れた顔にも一様に、枯れるほどに涙を流した跡がこびりついていた。


東日本の大軍勢が到着し、ようやく生き残れたというのに。気を失う最後の瞬間まで、彼らは仲間を失った絶望と自責の念に泣き咽んでいたのだ。


東日本と西日本を繋ぐという、人類にとっての悲願は達成された。

だが、その勝利の代償として支払われたものは、あまりにも重く、惨いものだった。


「……よく耐えた。もう休め、お前ら」


医療班に運ばれていく和泉や源田たちを見つめながら、小島は誰にも聞こえない声で呟き、ガラスの破片を強く踏み砕いた。

誰も何も語らない、重く息苦しい沈黙の救助作業が続く。空にはようやく完全な朝日が昇り始めていたが、生き残った彼らの心に光が射すには、まだ果てしない時間が必要だった。

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