静寂の殺意
南雲の機体が引き起こしたコアの自爆は、周囲の空間を真っ白に塗り潰し、大地を激しく揺らした。
爆炎と土煙が風に流され、徐々に戦場の視界が晴れていく。
そこに残されていたのは、南雲の機体と結城の機体、そして四国から現れた「もう一人の特異点」が完全に蒸発し、ガラス化して溶けた巨大なクレーターだけだった。
『……南雲機、結城機……バイタルロスト』
無機質なシステム音声が、コックピット内に二人の仲間の死を告げる。
源田は、メインモニターに映るそのクレーターを見つめたまま、凍りついたように動けなかった。
(俺が……俺が撃てなかったから……!)
自分が引き金を引くのを躊躇ったせいで、南雲は自爆という最悪の選択を強いられた。その強烈な自責の念が、源田の心を黒く塗り潰し、絶望の咆哮を上げようと息を吸い込んだ、その瞬間だった。
――戦場の空気が、凍りついた。
九州と四国から無尽蔵に押し寄せていた敵の大群が、そして遠距離から砲撃の雨を降らせていた敵陣が、文字通り「ピタリ」と動きを止めたのだ。
システムのエラーではない。彼ら集合知能が、ある一つの圧倒的な「プレッシャー」に直面し、本能的に行動を停止させられたのだ。
プレッシャーの震源地は、絶対座標の中央に立つ一機の灰色の機体。
和泉だった。
激昂でも、狂乱でもない。
極限まで圧縮され、絶対零度まで冷え切った、底なしの「静かな殺意」。それが物理的な重力となって戦場全体を支配し、敵味方問わずすべての者の息の根を止めるほどの威圧感を放っていた。
「……源田、佐々木、石井、岩本」
ノイズ一つない澄み切った通信回線に、和泉の静かな声が響いた。
「これ以上は、一機も落とさせない。……お前たちは、絶対に自分の『生存』を優先しろ」
「中隊長……!? 何を言って……」
源田が声を絞り出そうとしたのを遮り、和泉は言葉を言い切った。
「俺がやる」
その言葉を言い切ると同時だった。
停止していた無数の敵群が、一斉に駆動音を爆発させた。だが、彼らはもはや源田たち生き残りの部隊員にも、背後から迫る東日本の上陸部隊にも目もくれなかった。
数万に及ぶ敵の殺意と目標が、たった一点――そこにいる和泉の灰色機だけに完全固定され、狂ったように一点突破の突進を始めたのだ。
和泉は、一切の言葉を発しなかった。
雄叫びすら上げず、ただ無言のまま操縦桿を押し込む。
その瞬間、灰色の機体の背部から、かつてないほどに巨大で、眩い紫色の閃光が噴き出した。スラスターの光ではない。それは明らかな意思と形を持った、巨大な「紫の光の羽(翼)」だった。
展開された光の羽は、天へと伸びるだけではない。
まるで傷ついた雛を庇うように、ふわりと戦場へ広がり――源田、佐々木、石井、岩本の生き残った4機、そして山本と結城の残骸、南雲が散ったクレーターという、特務隊の「7機」すべてを優しく包み込んだのだ。
ズガァァァァッ!
四国方面から降り注いだ遠距離型の砲弾と光線の雨が、容赦なく源田たちを襲う。だが、それらが紫の光の羽に触れた瞬間、波紋のように光が弾け、すべての攻撃が完全に防がれ、無効化されていく。
それは、和泉が意図して展開した防壁ではなかった。
今の彼には、機体のコンソールを操作して味方を庇うような思考の余裕などない。彼の意識はただ、目の前の敵を破壊することだけに極限まで集中している。
この光の羽は、和泉の「これ以上誰も死なせたくない」という悲痛な祈りと自責の念に機体のコアが呼応し、自動的に顕現させた、彼の魂の形そのものだった。
無敵の盾を背後に展開したまま、和泉の機体が空間を跳躍する。
そこからは、一切の淀みもない、神をも恐れさせる死の舞踏だった。
止まることのない神速の剣戟。
敵が群がるよりも早く、和泉の紫のブレードが幾何学的な軌跡を描いて敵の装甲を紙切れのように切り裂いていく。死角からの攻撃には、振り返ることすらなくレールガンを正確無比に接射し、遠距離型の分厚い防壁ごと敵を粉砕する。
山本を守れなかった。結城を死なせた。南雲を自爆させてしまった。
自分の力が足りなかったことへの強烈な自責。そして、理不尽に仲間を奪っていくこの世界に対する、絶対的な怒り。
和泉は、そのすべての感情を「静かな殺意」という名の燃料に変換し、己の命の底から引き出した紫の光に乗せて叩きつけていた。
味方の通信回線からは、誰の息遣いすら聞こえない。
敵味方を問わず、戦場にいるすべての者が、和泉の放つ絶対的な殺意と威圧感に首根っこを掴まれ、感嘆の声すら発せない極限の緊張状態に陥っていた。
凄まじい物量で押し寄せる敵の津波を、和泉はたった一人で、無言のまま文字通り「凪」に変えていく。彼が通った後には、ただ無数の敵の残骸だけが雨のように降り注いでいた。
これ以上の犠牲は、絶対に出させない。
紫電の翼で仲間を包み込んだ英雄は、紅蓮に染まる戦場の中央で、静かに、そして圧倒的な力で敵を屠り続けていた。




