紅蓮の空
綾羅木海岸方面の空が、夜明けの光と無数のエンジンの排気光で白く染まっていた。
上空を埋め尽くす輸送機と戦闘機の編隊。海面を割って進む大艦隊。東日本が国力を結集させたその威容は、絶対座標で戦い抜いてきた8人にとって、紛れもない希望の光だった。
だが――敵の集合知能が下した判断は、戦術の常軌を完全に逸していた。
背後の海から迫る東日本の大軍勢など、まるで存在しないかのように。
西日本を埋め尽くす「緑の目」の全群れが、上陸部隊には一切目もくれず、和泉たち8人が守る絶対座標のバンカーただ一点へと、その殺意のすべてを向けたのだ。
『……目標、トクイテン……排除……合流ヲ阻止セヨ……!!』
無機質な思念が空間を震わせた直後、視界のすべてが「赤」に染まった。
夜明けの太陽の光ではない。九州と四国、海を隔てた遥か遠方から、無数の遠距離型が一斉に放った高出力の光線が、空を真っ赤に塗り潰しながら降り注いできたのだ。
ズガァァァァァァッ!!
鼓膜を突き破る轟音。空間そのものが沸騰したかのような熱波。
すでに七日間の激戦で穴だらけになっていたバンカー周辺の大地が、集中砲火によって飴細工のように溶け、すり鉢状に深く、無惨にえぐり取られていく。
「くそったれが! 海から来てる本隊を完全に無視してやがる!」
源田が、降り注ぐ光線の雨をスラスターの全力噴射で回避しながら叫ぶ。
敵の狙いは明白だった。
この座標の「特異点」である和泉たちを、東の軍勢と合流する前に、地形ごと跡形もなく消し飛ばすこと。そして、東日本軍が安全に上陸するための「要石(楔)」を破壊することだ。
「合流させるなッ! 防衛線を押し上げろ!」
和泉の鋭い怒号が通信に飛ぶ。
彼が守ろうとしているのは、もはや自分たちの命やバンカーだけではない。背後から無防備に上陸しようとしている、久々に見る「味方」たちの命だ。自分たちがここで一歩でも退けば、あの赤い光線の雨は、上陸の足場を固めようとしている東日本の艦隊へと向けられる。
「俺たちが盾になる! 一発たりとも後ろには通すな!!」
和泉の灰色の機体が、限界を超えた出力を叩き出し、紫色の残像を引いて紅蓮の空間へと跳躍した。
降り注ぐ光線の隙間を神速で縫い、九州と四国の橋から津波のように押し寄せてくる敵の「物量」の壁に単騎で突撃する。
レールガンを乱射し、紫のブレードで装甲を叩き斬る。だが、敵の数があまりにも異常だった。
遠距離からの赤い光線が空間を制圧する中、その死角から、かつて和泉を死の淵に追いやった高機動型の「緑の目」が無数に湧き出し、四方八方からプラズマブレードを突き立ててくる。
「中隊長に群がるなァッ!!」
南雲と岩本のコア機が猛然と突進し、和泉の死角から迫る高機動型を重火器で強引に吹き飛ばす。
「撃て! 撃ち続けろ! 弾が尽きるまで引き金を離すな!!」
佐々木、山本、結城、石井。
通常機に乗る4名もまた、絶叫しながらアサルトライフルとミサイルを撃ち放っていた。機体のスペックでは敵を圧倒できずとも、彼らは極限の集中力で敵の関節部やセンサーを狙い撃ち、和泉たちに致命傷を与えようとする敵の動きをコンマ数秒だけ遅らせる。
装甲がひしゃげ、アラートが鳴り響き、機体の各部から火花が散る。
8人の肉体も、精神も、とうの昔に限界など超えていた。意識は途切れかけ、吐血でコックピットのモニターが汚れている者もいる。
それでも、彼らは誰も倒れなかった。
(ここで俺たちが死ねば、後ろの奴らが死ぬ)
その想いだけが、彼らの機体を立たせていた。
上陸作戦という最も隙だらけの瞬間を支えるため、彼ら8人は、文字通り自らの命を楔として絶対座標の大地に打ち込んだのだ。
「……来いよ、バケモノ共。俺たちの命を通りたければ……百万機まとめてかかってこいッ!!」
源田の咆哮と呼応するように、和泉の機体からさらに強烈な紫の閃光が放たれる。
真っ赤に染まる破壊の空の下、味方を守るためだけに、8機の英雄による最後の、そして最も熾烈な死闘の幕が上がった。




