鉄の奔流と、世界に灯る火
東日本中の工場が、悲鳴のような稼働音を上げていた。
関東の重工業地帯から東北の町工場に至るまで、すべての生産ラインが本来の目的を捨て、軍需物資の増産へと切り替えられていた。
火花が散り、油と鉄の焦げる匂いが夜空を覆う。予備の装甲板、レールガンの砲身、無数の弾薬。それらが完成する端からトラックや貨物列車に積み込まれ、最前線である小島の基地へと絶え間なく送り出されていく。
動いたのは物資だけではない。
「まさか、またこの制服に袖を通す日が来るとはな」
退役した空自のベテランパイロットたちが、埃を被っていたヘルメットを手に各地の基地へと集結していた。海自の基地では、残存する護衛艦や輸送艦のエンジンに火が入り、民間の大型タンカーやコンテナ船も次々と港に集められ、限界突破の急造改修を受けていた。
東日本に残されたすべての空と海の戦力。そして、彼らを運ぶための燃料と弾薬。
それらが今、巨大な鉄の奔流となって一つの点へと収束しつつあった。
最前線基地の巨大な格納庫。
そこに急造された作戦会議室には、かつてない光景が広がっていた。小島を中心に、東日本防衛の要を担う各方面隊の将官たち、海将、空将といった軍のトップエリートたちがずらりと肩を並べていたのだ。
数日前まで小島を「反逆者」と呼んでいた彼らの顔に、もはや侮蔑の色はない。あるのは、一人の英雄を救い出し、この国の未来を取り戻すという悲壮なまでの覚悟だった。
「状況を整理する」
小島が、巨大なホログラムマップの中央を指して口を開いた。
「目標は関門橋のバンカー。だが、物理的に分断された琵琶湖ラインに陸路で橋を架ける時間はない。我々は空と海、両方から同時に強行突破を仕掛ける」
小島が手元のコンソールを操作すると、マップ上に無数の矢印が描かれた。
「空自の残存全機体と、武装を施した民間航空機による大規模な空挺降下部隊。同時に、海自の護衛艦隊を盾にして、大型タンカーと輸送艦を若狭湾から出発し綾羅木海岸に強行上陸させる。弾薬も予備パーツも、持てる限界まで積み込め」
「敵の対空・対艦防衛網はどう抜けるつもりだ?」
白髪の空将が、鋭い視線で問う。
「こちらの動きを察知すれば、奴らも空と海に迎撃の網を張るはずだ。それらを突破する確証はあるのか?」
「抜けるんじゃねえ。こじ開けるんだ」
小島は獰猛な笑みを浮かべ、マップの中央で輝く一点を指差した。
「あいつが、俺たちの動きを見落とすわけがねえんだよ」
小島の言葉には、和泉という男に対する絶対的な信頼が込められていた。
「東が動けば、和泉は必ずそれに気づく。そして、俺たちが安全に上陸できるように、奴らの防空網も迎撃部隊も、あいつが全部自分の方へ引きずり込むはずだ」
「だが、万が一ということもあるだろう」
「問題ない。もし想定外の迎撃があっても、何の問題もねえ」
小島は拳でドンッと机を叩いた。
「俺が先陣を切って、空から突っ込む。……道は俺が作る。あんたらの本隊は、ただそれに続け」
将官たちが、息を呑んで小島を見つめた。
軍の指揮官が自ら最も危険な先陣を切る。それは戦術としては狂気の沙汰だったが、今の東日本を一つにまとめるには、その狂気ほどの熱が必要だった。
「……承知した。我々も、これ以上は泥を被らせん」
空将が深く頷き、作戦が最終決定された。
――作戦開始までのカウントダウンが進む中、時間は無情にも、しかし確かな希望を孕んで経過していく。
視点を日本から外へ向ければ、世界もまた、死滅の淵で足掻いていた。
「緑の目」による厄災は、日本だけの問題ではなかったのだ。
ユーラシア大陸の広大な焦土。北米のロッキー山脈防衛線。ヨーロッパのアルプス要塞。
世界中の国家が国土の大部分を失いながらも、地下深くに潜り、あるいは険しい地形を利用して、絶望的な防衛戦をただひたすらに耐え忍んでいた。連絡網は寸断され、互いの国の生存すら定かではない暗黒の時代。
だが、北米の深い地下に存在する統合司令部で、暗いモニターを見つめていた観測員が、ふと息を呑んだ。
「……司令。極東の島国(日本)の衛星データに、異常な数値が出ています」
「なんだ。ついに日本列島も完全に沈んだか」
疲労困憊した司令官が、力なく答える。
「いえ……逆です。日本列島に存在していた数百万の敵性反応が……たった一つの座標に引き寄せられ、そこで次々と『消滅』しています」
「なんだと……?」
司令官が弾かれたように立ち上がり、モニターに駆け寄った。
赤く染まっていた日本の西半分。その無数の光点が、一つの点に向かって渦を巻き、溶けるように消えていく。まるで、その座標に底なしのブラックホールでも開いたかのように。
「……信じられん。あの絶望的な物量を、彼らは『一点で受け止め、すり潰している』というのか……?」
その事実は、暗号通信の細い糸を伝い、孤立して耐え続ける世界中の残存国家へと静かに共有されていった。
極東の島国で、何かが起きている。
人類はまだ、完全に負けたわけではない。あの小さな島国で、名も知らぬ誰かが、世界中の絶望を一身に背負って戦い続けている。
世界中がゆっくりと死滅へと向かう中で。
和泉たちが西日本で灯し続けた命の炎は、東日本を動かし、そして今、世界中の暗闇の中に「人類はまだ抗える」という小さな、だが決して消えない希望の火を灯し始めていた。




