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境界線のアグレッサー ―不落の絶対座標より―  作者: saku
奪還の座標と光り輝く星々
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最後の希望と、重き決断

東京、地下深くに作られた政府官邸の特別作戦室。

最前線の小島から叩きつけられた言葉と、メインスクリーンに映し出される「西日本のレーダー映像」を前に、政府首脳陣と軍の上層部は重苦しい沈黙に包まれていた。


赤い光点が、絶対座標に吸い込まれ、消滅していく。

その異常なサイクルは、彼らが信奉していた被害予測システムや、戦術AIの弾き出した「計算式」を完全に否定するものだった。


「……我々は、根本から間違っていたというのか」


白髪交じりの総理大臣が、震える声で沈黙を破った。


「西日本を切り離さなければ、日本は一週間で滅びる。そう予測データは告げていた。だから我々は……血を吐く思いで、西に残された国民と前線の将兵を見捨てた。それが『合理的』な国家存続の唯一の道だと信じて」


「総理、しかしデータ上は今でも、彼らを助けに行くのはリスクが――」

軍の参謀の一人が反論しようとしたが、総理はそれを静かに、だが力強く手で制した。


「もういい。データがどうあれ、現実を見たまえ。我々が計算式で見捨てた、あのたった8機の部隊が……今、この国の首の皮一枚を繋ぎ止めている。我々の冷酷な計算式は、前線で泥をすする彼らの『意志』に完全に敗北したのだ」


総理はゆっくりと立ち上がった。その顔には、長年の政治家としての狡猾さは消え、国を背負う者としての悲痛な覚悟が宿っていた。

彼らを助けに行けば、東日本の防衛力は一時的に手薄になる。しかし、このまま西を見捨てて生き延びたとして、その国に未来はあるのか。


「これより、国家の全権限をもって『絶対座標奪還作戦』を承認する。軍の備蓄、民間インフラ、予算、そのすべてを最前線の小島司令に委ねよ」


総理は、回線で繋がっている小島に向けて、深く頭を下げた。


「これが……我々に残された最後の希望だ。我々はこれ以上、あの英雄たちに泥を被らせてはならない」


その決断は、瞬く間に電波に乗って東日本全土へと緊急放送された。


『――国民の皆様に、真実をお伝えします。我々は西日本を失ったと思っていました。しかし……今この瞬間も、分断された大地の向こう側で、たった8機の部隊が数百万の敵を相手に防衛線を死守し、我々を守ってくれているのです』


画面には、レーダーの赤い光点が消えていく映像が映し出された。

『今度は、我々が彼らを迎えに行く番です。政府はすべての物資と人員を最前線へ投入します。どうか、国民の皆様の力を貸してください』


その放送が終わった直後。

東日本という巨大な国家が、一つの意志に染まるのは決して簡単なことではなかった。


「聞いたか! 隊長さんたちは生きてるぞ!!」

「すぐに出撃の準備だ! 予備の装甲板をありったけ叩き出せ!」


前線の基地や、かつて和泉たちに命を救われた避難民たちは歓喜に沸き立ち、涙を流して即座に行動を開始した。

しかし、安全な地域にいた一般市民たちの反応は違った。


「たった8機で敵を全部止めてる? そんな馬鹿な話があるかよ」

「どうせ、西日本を見捨てたことへの批判を逸らすためのプロパガンダだろ……」

「今から助けに行くなんて、また無駄死にが増えるだけじゃないのか?」


疑念、冷笑、恐怖。

当然の反応だった。昨日まで「西日本は完全に陥落した」と聞かされていたのだ。いきなり英雄が現れたと言われても、にわかには信じられない者が大半だった。


だが――東日本を覆っていた「ゆっくりと死を待つだけ」という閉塞感の中で、その放送は確かに、小さな、だが熱い火種を落とした。


プロパガンダかもしれない。政府の嘘かもしれない。

それでも、もし本当に、あの地獄のような西日本で、たった8人で戦い続けている馬鹿な連中がいるのだとしたら。


「……親父、トラックのエンジンかかるか。港まで物資を運ぶ」

「おいおい、本気か? 政府の嘘かもしれないんだぞ」

「嘘でもいいさ。もし本当だったら……見捨てたままじゃ、死んでも死にきれねえよ」


一人、また一人と、疑念を抱えながらも立ち上がる者たちが現れ始めた。

決して熱狂的なお祭り騒ぎではない。自分たちの命が危険に晒されることを理解した上での、重く、苦しい決断。それでも彼らは「希望」にベットすることを選んだのだ。


民間の造船所や航空会社に、退役したパイロットや船乗りたちが次々と集まり始めた。

「橋がないなら、船と飛行機で強行上陸するしかねえだろ。俺たちの船を直すぞ!」


前線基地では、小島が滑走路の喧騒の中で、大型輸送機への積み込み作業を鋭い目で見守っていた。


「司令。政府の地下保管庫から『月の素材』、接収完了しました。特別コンテナに厳重にパッキングしてあります」


報告に来た部下の言葉に、小島は深く頷いた。


「よし。一番槍を務める俺の旗艦機に積み込め。絶対に傷一つ付けるなよ」

「はっ!」


コンテナに収められた、鈍い銀色を放つ未知の物質。未だに何に使えるのかすら解明されていない代物だが、小島には確信があった。


(国中が、綺麗事じゃなく、泥まみれになりながらお前らに賭けたぞ、和泉)


小島は、轟音を立てて改造されていく民間機やタンカーの群れ越しに、西の空を睨みつけた。


(この国は、もう一度立ち上がった。お前らが繋いでくれた希望の糸を、今度は俺たちが『太い縄』にして届けてやる)


疑念も、恐怖もすべて飲み込み、東日本という巨大な国家が今、重い腰を上げた。

空と海からの絶対座標奪還作戦が、ついに幕を開ける。

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