砕け散る絶望
斬撃。閃光。そして、爆発。
臨時バンカー前の荒野は、もはや元の地形が識別できないほどの有様となっていた。
「右舷から来るぞ! 抜かせるな!」
「レールガン、出力最大! 撃てッ!」
源田と南雲の怒号が交差する。特務小隊の8機は、バンカーを中心に円陣を組み、絶対防衛線を構築していた。
彼らの眼前には、悪夢のような光景が広がっている。
九州方面に架かった巨大な橋から、そして四国方面の海原から、不気味な「緑の目」が文字通り川のように押し寄せていたのだ。
かつては一機現れただけでも部隊を半壊させるほどの脅威だった高機動型。それが今や、完全に規格化され、量産された死の群れとして地平線を埋め尽くしている。
『……ターゲット、ハイジョ……』
『……ハイジョ……』
無機質で冷酷な思念が、空間を満たす。
敵の集合知能は、個の力で和泉という「特異点」を排除することを早々に諦めていた。代わりに彼らが選んだのは、もっとも単純で、もっとも残酷な戦術――無尽蔵の物量による圧殺である。
「冗談じゃねえぞ……。倒しても倒しても、減る気配がねえ!」
岩本が、レールガンの砲身を赤熱させながら叫ぶ。
だが、その絶望的な物量の中央で、灰色の機体はただ一機、止まることなく舞い続けていた。
「……五十一、五十二……」
和泉の静かなカウントが、特務小隊の通信に響く。
その声に焦りや疲労は微塵も混じっていない。
彼の機体が紫色の残像を引いて跳躍する。
空中で群れをなして襲いかかってきた三機の「緑の目」に対し、和泉はレールガンを連射。寸分違わぬ精度で二機のコアを撃ち抜き、空中で爆散させる。
残る一機が死角からプラズマブレードを突き立てようとするが、和泉は機体を捻りながら己のブレードを引き抜き、敵の刃をいなすと同時に、その胴体を両断した。
「……五十三」
着地と同時に大地を蹴り、次の群れへと突入する。
敵がどれほど量産されていようと、どれほど冷酷な殺意を向けてこようと、和泉の動きには一切の淀みがなかった。
敵の攻撃をミリ単位で回避し、最小限の動きで致命傷を与える。紫の光が戦場を駆け抜けるたびに、量産された死神たちは単なる鉄屑へと変わっていく。
「中隊長、突出しすぎです! 一度ラインまで下がって――」
「心配いらない」
源田の制止を、和泉は穏やかな声で遮った。
「これだけの数を引き受けるには、少しばかり前がいる。それに……ここを血や油で汚しすぎたら、東から来る連中に笑われるからな」
和泉は、コックピットの中で小さく笑みを浮かべていた。
彼の視線の先、メインモニターの端には、常に「東の空」が映っている。
今は物理的な断裂によって切り離され、目視することはできない。だが、和泉の胸の奥で脈打つコアは、確かに感じ取っていた。
小島が吼え、民衆が立ち上がり、国を挙げて自分たちを迎えに来ようとしている、その凄まじい熱を。
(俺は一人じゃない。お前たちも、一人じゃない)
その確信があるからこそ、和泉の力は底を知らなかった。
疲労で焼き切れそうになる神経を、彼を信じる無数の想いが修復し、機体の出力を限界以上に引き上げているのだ。
「聞いたか、お前ら! 中隊長にばっかりいい格好させるな!」
源田が吠える。
「東の連中が来るまで、このバンカーには傷一つつけさせるな! 俺たちの英雄の背中を、死ぬ気で守り抜け!」
「応ッ!!」
特務小隊の7機が、和泉の戦いに呼応するように陣形を押し上げる。
和泉が前線の敵を圧倒的な速度で解体し、撃ち漏らした敵や側面から回り込もうとする敵を、源田たちが完璧な連携で撃ち落とす。
九州からの橋を渡る敵は、陸地に足を踏み入れる前に爆炎に呑まれ、四国から海を越える敵は、上陸した瞬間に蜂の巣にされた。
数時間。いや、半日以上が経過していたかもしれない。
量産された「緑の目」の残骸が、絶対座標の周囲に巨大な防波堤のように積み上がっていく。
敵の演算処理には、この事態は全くの想定外だっただろう。
どれほどの物量を投入しようと、どれほどの時間をかけようと、あの中央で輝く紫色の光は、一向に弱まる気配がないのだ。
『……イレギュラー……ケイサン、フカノウ……』
やがて、狂ったように押し寄せていた敵の波が、ふっと薄らいだ。
被害の拡大を重く見た敵の集合知能が、一時的な進軍停止と戦術の再構築を選択したのだ。
「……止まったか」
硝煙と砂埃が晴れていく荒野の中央で、和泉の機体がゆっくりとブレードを下ろす。
その足元には、数え切れないほどの「緑の目」の残骸が転がっていた。
無傷。
これだけの激戦を潜り抜けながら、和泉の機体にも、そして背後でバンカーを守り抜いた7機の機体にも、致命的な損傷は一つとしてなかった。
「……よくやった、お前たち」
和泉が振り返り、背後の戦友たちを労う。
その直後だった。
源田たち7人のコックピットに、再び「聞こえるはずのない声」が響いた。
いや、通信機からではない。機体のコアが共鳴し、直接彼らの意識の底へと波紋のように広がっていく不思議な響きだった。
『――――、――――』
ノイズ混じりのその音声が何を言っているのか、具体的な言葉としては誰にも分からなかった。
だが、不思議と恐怖や戸惑いはなかった。
言葉の意味は分からずとも、それが途方もなく「温かい何か」であることだけは、7人全員に伝わっていたのだ。
まるで、先に逝った仲間たちが「よく耐えたな」と肩を叩いてくれているような。
あるいは、遥か東の空から無数の人々が「ありがとう」と抱きしめてくれているような。
「……ああ。俺たちも、まだまだやれますよ」
源田が、誰にともなくポツリとこぼす。
張り詰めていた7人の神経が、その温もりに包まれてゆっくりと解けていく。死地にいるはずの彼らの心に、絶対的な安心感が広がり、疲労で焼き切れそうだった心身を深く癒やしていった。
沈みゆく夕日を背に、荒野に立つ8機の英雄たち。
西日本を覆い尽くそうとした絶望の群れは、彼らの手によって完全に粉砕されたのだ。
そして、彼らがこの地で死闘を繰り広げ、すべての敵を釘付けにしている間――東日本では、歴史的な反攻の準備が静かに、そして確実に完了しようとしていた。
「……」




