魂の脈動
臨時バンカー。
外界の喧騒を遮断した厚いコンクリートの奥底で、和泉の機体は深い沈黙を守っていた。
装甲の隙間からは、機体を癒やすかのような薄紫色の光が、和泉の微かな呼吸に合わせてゆっくりと明滅している。
和泉は、深い、深い意識の底にいた。
そこは時間も空間も存在しない、情報の海。機体のコアと神経を直結させたことによる副作用的な覚醒だった。
(……温かいな)
暗闇の中で、和泉は不思議な感覚を覚えていた。
物理的には分断され、誰も届かないはずのこの場所に、何千、何万という「意志」が流れ込んでくる。小島が司令部で吼えた怒り。整備班の男たちが握りしめたレンチの熱。そして、一度も会ったことのない避難民たちが流した、自分を想う涙の温度。
届くはずのない「魂の声」が、コアという触媒を通じて、和泉の止まりかけていた心臓を再び力強く叩き出す。
(ああ、信じてるさ。俺はまだ……こんなところで終わるわけにはいかないんだ)
その時、異変は和泉だけに留まらなかった。
バンカーの外で、絶望的な防衛線を死守していた岩本、南雲、源田――コア搭載機のパイロットたちのコックピットに、奇妙なノイズが混じり始める。そして、コアを持たない他の4名の機体にも、なぜか死んでいるはずの無線から「声」が聞こえてきた。
『――こちら佐渡分屯基地……輸送機の準備、完了……』
『――習志野、降下部隊……いつでも……』
『――中隊長を……待たせるわけには……!』
「な、なんだ……!? 通信は死んでいるはずだろ!?」
源田は目を見開き、コンソールを叩いた。
それは無線機から流れる電気信号ではない。機体の心臓部である「コア」が、そして人々の「意志」が、東の空から届く無数の思念を増幅し、パイロットたちの脳内に直接響かせていたのだ。
「……聞こえる。みんなの声が……俺たちを呼ぶ声が聞こえるぞ!」
第1、第2小隊の面々が次々と声を上げる。
自分たちは見捨てられていなかった。列島を分断する物理的な亀裂など、彼らと自分たちを繋ぐ魂の絆の前では無意味だったのだ。
その共鳴が頂点に達した瞬間。
ドクン、と。
大地が脈打つような、重厚な駆動音がバンカーの中から響いた。
「……悪いな、源田。いい夢を見てたんだが……少し、うるさすぎて目が覚めた」
バンカーの闇を割り、ゆっくりと立ち上がる機影。
そこには、先程までの傷ついた痛々しさは欠片もない。通常は灰色、だが今はどこか神秘的な薄紫色に変色した装甲を纏い、威風堂々と立ち上がるその姿は、まさに死地から還ってきた英雄そのものだった。
和泉は、コックピットの中でゆっくりと目を見開いた。
その瞳には、かつてないほど静かで、それでいて激しい闘志が宿っている。
「和泉中隊長……! 復活、したんですか!?」
源田の歓喜に、和泉は不敵な笑みで応えた。
「ああ。待たせたな。……小島たちがこっちに来る。俺たちの場所を、俺たちの魂を、奴らに勝手に終わらせる権利なんてねえ」
和泉が操縦桿を押し込む。
再び、背後から爆発的に溢れ出した光の粒子が、巨大な「羽」となって絶対座標の夜を白く染め上げた。
それに応えるように、源田たちのコア機からも、かつてないほどのエネルギーが奔流となって溢れ出す。
(……ミツケタ)
精神世界の彼方で、あの「緑の目」が憎悪を込めてこちらを凝視しているのを感じる。
だが、和泉はもう一人ではない。
「あいつらが来る前に1戦交えるぞ!」
和泉の咆哮と共に、8機の機体が夜の闇を切り裂き、押し寄せる敵の群れへと躍り出た。
分断された日本列島。
西の死地で目覚めた死神と、東の最果てで反旗を翻した軍勢。
二つの希望が今、世界を奪還するための、最後の逆襲へと走り出す。




