司令部への叛逆
列島を分断する凄まじい地響きが収まった後の石川県・北陸防衛拠点。
夜が白み始め、灰色の空が広がる中を、小島司令官は無言で歩いていた。彼の背後には、第3、第4小隊の隊員たちが搭乗する8機の通常機が、重い駆動音を響かせながらズシン、ズシンと追従している。
そして彼らと共に、小島の部隊の者たち、和泉の機体を支え続けた整備部隊、さらには九州から共に撤退してきた大勢の軍人たちまでもが、一つの確かな意志を持って無言のまま後に続いていた。目指すは、この拠点の中枢であり、東日本を統括する中央本部と直結している「最前線司令部」だ。
基地の敷地内は、野戦病院と化した凄惨な有様だった。
敷き詰められたブルーシートの上には、四国や中国地方から撤退してきた大勢の避難民と、血と泥に塗れた大勢の負傷兵たちが横たわっていた。消毒液と血の匂い、そして抑えきれない呻き声が、重苦しい空気となって漂っている。
凄惨な有様を前に、小島の隣を歩く伊達は無言で顔をしかめ、痛ましげに目を伏せた。小島は黙ったまま、その惨状から目を逸らさずに歩みを進める。
「あっ……小島司令官……!」
不意に、包帯だらけの自衛官がふらつきながら立ち上がり、小島たちにすがりつくように声をかけてきた。見覚えのある顔だった。九州防衛線の崩壊時から共に戦い、幾度も死線を潜り抜けてきた通常部隊の生き残りだ。
「お前……生きてたのか」
「はい……ギリギリで輸送艦に乗れました。あの時は、特務小隊の皆さんが殿を務めてくれたおかげで……」
男の目には、極限の疲労の中でも消えない、確かな「光」が宿っていた。
彼だけではない。周囲で毛布に包まっていた避難民たちや、怪我で動けない自衛官たちも、小島や背後の機体の部隊章を見て次々と顔を上げ始めた。
「小島司令官……和泉中隊長は、どうなりましたか?」
男が、すがるような声で問う。
「あれだけの敵を足止めして……あのバンカーで休んでるんですよね? あの人なら、絶対にあの大群をどうにかして、後から俺たちに合流してくれますよね……?」
周囲の避難民たちも、祈るように両手を組みながら小島を見つめていた。
彼らにとって、単騎で絶望的な戦局を幾度も覆してきた和泉という存在は、もはや単なる指揮官ではなく、生きるための「希望」そのものになっていたのだ。
小島の胸が、ギリリと音を立てて軋んだ。
和泉は生きているかもしれない。だが、国は彼らを見捨て、日本列島を分断し、物理的に西日本を「死の国」として切り離した。和泉たちがこちら側へ帰ってくる道は、もうどこにもないのだ。
「……あいつは、お前たちに未来を繋ぐために残った。だからお前たちは、何も心配せずに生き延びろ」
嘘は言わなかった。だが、残酷な真実も告げられなかった。
小島は男の肩を力強く叩くと、それ以上言葉を交わすことなく、逃げるようにその場を後にした。背中越しに「中隊長によろしく伝えてください!」という無邪気な声が響き、それが小島の心に重い鉛のようにのしかかる。
声を発することのできない伊達が、小島の隣に並び、気遣うようにその肩をポンと叩いた。そして、顔を突き合わせるようにして真っ直ぐに視線を送る。
だが、小島は足を止めず、前だけを見据えていた。
「あいつらが信じてる希望を、上層部の連中は『損切り』の二文字で切り捨てた。……俺たちの命は、誰かの犠牲の上に胡坐をかくためにあるんじゃねえ」
小島の声は、地を這うように低く、殺気を孕んでいた。
血走った瞳には、これまで軍人として押さえつけてきた理性が焼き切れ、純粋な怒りだけが煮え滾っている。
背後に続く第3、第4小隊の隊員たちも、怒りは同じだった。彼らは機体に乗ってきているため、握りしめているのはサイドアームなどではなく、冷たい操縦桿だ。
剥き出しの殺意と共に、腰のサイドアームを固く握りしめているのは、機体と大勢の兵士たちを先導して地上を歩く小島ただ一人だった。
やがて彼らの前に、厳重な警備が敷かれた最前線司令部の巨大な防爆扉が立ち塞がった。
「止まれ! ここから先は作戦司令区画だ。許可のない者の立ち入りは――」
警備兵が制止しようと銃を構えるが、小島は歩みを止めない。
「どけッ!!」
小島の怒声と同時。彼の背後にそびえ立つ8機の通常機が一斉に重低音を響かせ、巨大な銃口を警備兵たちへと見下ろすように突きつけた。
圧倒的な質量の暴力と、歴戦のパイロットたち、そして後に続く無数の兵士たちが一丸となって放つ殺意を前に、警備兵たちは恐怖で完全に凍りつき、無力に銃を取り落として道を開けた。
小島は立ち止まることなく、電子ロックのかかった司令部の分厚い扉の前に立つと、後退りして助走をつけ、軍靴の底で力任せに扉を蹴り飛ばした。
ガンッ!! と鈍い金属音が響く。一撃、二撃。そして三撃目、電子錠が火花を散らして破壊され、重い扉が強引にこじ開けられた。
「な、何事だ貴様ら!」
踏み込んだ先。そこには、外の野戦病院の惨状とは無縁の、清潔で静まり返った空間があった。巨大なホログラムマップには、「分断された日本列島」が冷徹なデータとして輝いている。
コーヒーの香りが漂うその部屋で、高級将校たちが驚愕の表情で小島たちを振り返った。
泥と血の匂いを纏った小島は、安全な場所から見捨てる決断を下した将校たちを一人一人睨みつけると、腰の銃を抜き、ホログラムマップの出力装置に向けて発砲した。
乾いた銃声が響き、列島分断を示すデータが砕け散る。
悲鳴を上げる将校たちを前に、小島は血を吐くような底知れぬ怒りを持って吼えた。
「――前線の兵士をまとめて焼き払い、避難民ごと列島を分断した責任者に用がある」
銃口から立ち上る硝煙越しに、小島の血走った眼光が将校たちを射抜く。
「和泉は、人を生かすために自らを死地に置いた! 今この瞬間も、あいつは命を懸けてあっちで皆を守り抜いてるんだ! 俺たちは態勢を立て直し、必ず東から敵を挟撃してあいつを迎えに行くために、ここへ来た。だというのに……てめえらは、その作戦すら不可能にしやがった!」
和泉が命を削って稼いだ時間を、自分たちの保身のために使い潰し、あろうことか反撃の道まで自ら絶ち切った軍部。その愚行と冷酷さへの怒りが、小島の全身から溢れ出していた。
「あいつが命を張って守ろうとしているものを……勝手に終わらせてんじゃねえぞ、クソ野郎共ッ!!」
「き、貴様ら、これがどういうことか分かっているのか……!」
権威を振りかざし、なおも何かを言い繕おうとした将官たちがいた。だが、小島が鋭く一歩前へ踏み出し、その気迫だけで、将官たちは恐怖で喉を引攣らせた。
そして背後の扉の向こうから司令部を睨み下ろす、歴戦のパイロットたちが乗る8機の鋼鉄の巨兵と、共に死線を潜り抜けてきた大勢の兵士たち。
言葉など不要だった。小島と、背後に控える無数の兵士たちが放つ凄まじい殺気が、彼らのいかなる言い訳も命令も力ずくでねじ伏せたのだ。




