光の柱と、切り離された大地
和泉たちを「絶対座標」に残し、闇の海へと脱出した小島率いる艦隊は、日本海を北東へと進んでいた。
甲板に立つ小島の頬を、冷たい海風が叩く。撤退戦の疲労で泥のように眠る民間人や第3、第4小隊の隊員たちとは対照的に、小島の目は暗い水平線の彼方――南の空を睨みつけていた。
数時間前、彼らは洋上から四国方面の観測を続けていた。
防衛線が完全に崩壊し、四国の沿岸部に位置する原発群が、無数の敵機に蹂躙されていくのがモニター越しに確認できた。連鎖的な誘爆は確かに発生した。しかし、小島が感じたのは、致死性の放射能や熱線が周囲へ撒き散らされるという「本来起きるはずの惨状」が起きていないという、強烈な違和感だった。
爆発のエネルギーは外部へ漏れ出すことなく、まるで何らかの力で一箇所に収束させられたかのように、真っ直ぐな「光の柱」となって夜空へ立ち昇っていたのだ。
「……どういうことだ。なぜ汚染物質が拡散しない?」
隣に立つ第3小隊長の伊達が、訝しげに呟いた。
「分からない。だが……単に壊したわけじゃないぞ、あれは」
小島は低く唸った。物理法則に反して、爆発のエネルギーが天へ向かって吸い上げられている。敵が意図的に原発のエネルギーを「抽出」し、未知の方法で利用しようとしているのか。単なる破壊や殺戮とは違う、敵の底知れぬ「意図」を感じ取り、小島の背筋に冷たい汗が伝った。
その不気味な光の柱の理由を考察する暇もなく、南西の空――近畿のさらに奥が、突如として不自然な極光に包まれた。
直後、空気を引き裂くような大音響と共に、強烈なエネルギーの波が海上を駆け抜けた。
『うおっ!?』
『艦のシステムが落ちた! メイン電源ダウン!』
強烈な電磁波の余波により、艦の電子機器が完全にブラックアウトした。復旧までに数分を要するほどの、規格外のエネルギー放出。
「……急げ。電子機器が戻り次第、石川北部の港へ全速で接岸するぞ」
小島は暗闇の中でギリッと奥歯を噛み締めた。
深夜。石川県北部の港湾施設へ緊急接岸を果たした小島たちは、無線通信が完全に死んでいる状況下で情報を得るため、民間人の誘導を伊達に任せ、第4小隊を率いて近くの防衛隊駐屯基地へと駆け込んだ。
基地の地下施設。分厚いコンクリートに守られた作戦室で、小島は生きている「有線通信網」の端末を強引に叩き起こし、中央本部の作戦データリンクへとアクセスした。
画面に流れてくる最高機密の作戦記録を読み進めるうち、小島の表情から血の気が引いていく。
そこに浮かんでいたのは、敵に対する恐怖ではなく、味方に対する底知れぬ怒りだった。
「……上層部の連中、近畿の防衛網を維持するために、俺たちが渡したレールガンの予備を無理やり撃ちやがった。味方の防衛部隊も、撤退する市民も巻き添えにしてな。さっきのEMPダウンはそれの余波だ」
息を呑む部下たちを前に、小島は血走った目で画面の最終行を睨みつけた。
「それだけじゃない……『日本断裂作戦』。近畿での一撃はただの足止めだ。連中はその時間を利用して、福井の若狭湾から琵琶湖にかけてのラインを戦略爆薬で吹き飛ばし、日本列島を物理的に分断する気だ!」
小島は画面の端で点滅している作戦決行時刻に目をやり、顔色を変えた。
「現在時刻……クソッ、作戦発動まであと三分もないぞ!」
「西日本を切り離す気ですか!? じゃあ、絶対座標に残った中隊長たちは……!」
「通信兵! 中央本部の司令部へ有線を開け! 今すぐだ!!」
小島は通信手を突き飛ばすようにしてコンソールに張り付き、マイクを引っ掴んだ。和泉たちを完全に見捨てる狂気の作戦。なんとしても軍部と直接連絡を取り、止めさせなければならない。
『……司令部へ接続中……暗号キー確認……』
「出ろ、早く出ろ……ッ!」
無機質な接続音が響く中、小島は脂汗を流しながら通信の確立を待った。
だが、スピーカーから本部の人間の声が返ってくるよりも早く。
ドォォォォォォンッ……!!!
通信室の分厚い壁が悲鳴を上げ、足元の大地が激しく波打った。
南西の空、近畿と北陸の境界あたりから、想像を絶する爆発音が轟いた。それは近畿で放たれたレールガンの光とは違う、大地そのものを引き裂くための戦略爆薬の連鎖爆発だった。
あまりの地響きにコンソールが火花を散らし、繋がろうとしていた有線通信のランプが、無残にもプツンと途切れた。
「……間に合わ、なかった……」
小島は力なくマイクを取り落とした。
西日本が、切り離された。それはつまり、あの大群をたった8機で押し留めるために残った和泉や源田たちが、公式に国から見捨てられ、退路を完全に断たれたということを意味していた。
「……中隊長たちは、初めから捨てるつもりだったってのか……あのクソ上層部共は!」
若い隊員の一人が、怒りのあまり壁を蹴り飛ばした。怒りと無力感が、重い地響きの余韻に混じって響く。
小島は沈黙したまま、薄暗い地下室の天井を見上げた。
エネルギーを吸い上げる原発の光の柱、味方を犠牲にした一撃、そして列島の分断。和泉が命を賭して守ろうとした国は、もはや正常な判断能力を失い、狂気へと足を踏み入れている。
「……泣き言を言ってる暇はないぞ、お前ら」
小島は振り返り、部下たちを鋭く見回した。その瞳には、深い悲しみを焼き尽くすほどの、冷たい怒りの炎が宿っていた。
「ここから先は、俺たちの戦いだ。最小限の補給を済ませ次第、機体と共に俺に続け」
「隊長、どこへ行くんですか?」
「東の中央本部だ」
小島の低い声が、地下室に響いた。
「このまま黙って『西の部隊は全滅しました』なんて報告書で終わらせる気はない。和泉が何と戦い、何を成し遂げたのか。そして、上層部が何を隠し、何を切り捨てたのか……。俺たちが直接出向いて、胸倉を掴んででも吐かせてやる」
絶望の夜のただ中で。
分断された大地のこちら側で、小島たちは怒りと覚悟を胸に、東の司令中枢へとその歩みを進め始めた。




